「ねえねえ、そんなもの食べてるの」(小林写函撮影)
「ねえねえ、そんなもの食べてるの」(小林写函撮影)

朝日に輝く毛色がはちみつみたい 元野良猫「にゃーにゃ」に授けた新しい名前

 人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取ってから2カ月半が過ぎた1月末、私はぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を保護し、家に迎えた。

 2日目の夜、にゃーにゃの夜鳴きは激しく、私はまんじりともせず夜明けを迎えた。

 いったんは鳴き止み、ほっとしたのもつかの間、数時間後に再び鳴き始めた。仕事にでかけなければならない私は慌て、なんとか落ち着かせようと試みた。興奮が少しおさまったので、まだ寝ているツレアイににゃーにゃを託し、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。

(末尾に写真特集があります)

心配をよそに、意外とうまくやっていたふたり

 夕方帰宅すると、ツレアイとにゃーにゃはリビングのソファに並んで座っていた。

「午前中、鳴いてうるさくなかった?」と聞くと、「気がつかなかった」とのこと。彼が起きてきたときは、私の部屋のクローゼットの中で、おとなしくしていたようだった。 

 夜型のツレアイは、起きるのが遅い。彼の部屋に続く廊下の途中にはアコーディオンカーテンで仕切りがしてある。先代猫ぽんたが来たときに設置したもので、猫が部屋に入りたがってドアを引っ掻き睡眠を邪魔をしないようにするためだった。

「おばちゃん、僕は抱っこは嫌いだからね」(小林写函撮影)

 このアコーディオンカーテンは、音もある程度遮断してくれるようだ。猫がリビングや私の部屋で暴れたり鳴いたりしても、ツレアイの部屋までは届かないらしい。

 もともと、ツレアイはにゃーにゃを家に迎えることに反対だった。だから、鳴き声がうるさいことが理由で「元いた場所に戻して来い」と言われるのではと、今日1日、気が気ではなかった。

「さっき、写真も撮ったんだよね」

 と機嫌よさそうににゃーにゃに話しかけるツレアイの様子に、私は安堵した。

朝のワンシーンにひらめき決まった新しい名前

 その日の夕食の後、リビングでくつろぐ私たちの横で丸くなっているにゃーにゃを見ながら、名前について話し合った。

「にゃーにゃ」というのは、日常的には呼びにくかった。動物病院には「宮脇にゃーにゃ」と登録されるのだろうが、なんだかしっくりこない。呼び捨てならまだしも「にゃーにゃちゃん」と呼ばれるとなると、まどろっこしい気がした。短く、歯切れがよく、とっさに呼ぶ必要があるときにも略しやすい名前にしたほうがいいだろうと、家に迎えた日から考えていたのだ。

 だが、なかなか決まらない。

「『きんた』がいいんじゃない」とツレアイ。茶色の毛並みが黄金色に近いから、ということだが、略して「きん」「きんちゃん」となると、コメディアンか、おばあさんの名前のようで、元アイドル猫にはふさわしくない。

「『のんた』はどうかな」と私。「これからは家でのんびり過ごして欲しい」という願いを込めた。悪くはないが、略すと「のん」「のんちゃん」となり、女の子のようだし、ちょっと気取った感じもする。

 先代猫ぽんたにちなんで語尾に「た」をつけようとしたのだ。ほかにも案は出たが、この日も結局決まらなかった。

「僕がこの家に来たのは正しかったのだろうか」(小林写函撮影)

 決まったのは翌朝、夜鳴きのあと、その余韻を引きずるように鳴きながらリビングを徘徊するにゃーにゃの後ろを歩いていたときだった。朝日が背中の毛に当たり、つやつやと輝いた。「はちみつみたいな色だな」と思った瞬間「『はち』にしよう!」とひらめいた。

 これにはツレアイも賛成した。はちは、野良生活をしていたときに、近所のSさんのお宅の柴犬が好きで、散歩にいつもついて回っていた。

「自分のことを犬だと思っていたかもしれないから、ぴったりだね」

 そう言ったにもかかわらず、ツレアイはしばらくの間、しょっちゅう「きんた」と呼び間違えていた。

激しい夜鳴きと朝鳴きは続く

 はちの夜鳴きは、その夜も、その翌日も続いた。

 外で暮らしていた猫を家に迎えてから数日間は、夜鳴きは仕方ないと覚悟していた。慣れない環境に置かれて不安だから、というのが、理由として大きいらしいからだ。それなら慣れるまでは、こちらが辛抱して待つしかない。

 だが、はちの夜鳴きはぽんたより激しかった。6畳程度の広さの私の部屋の中を、飛び回りながら鳴き続ける。

 困惑したのは、朝になっても落ち着かず、昼近くまで鳴きながら私の部屋とリビングをうろうろすることだった。ベランダの窓に向かって伸び上がったり、チェストやテーブルにのぼっては降りてを繰り返す。

 私が仕事の電話をしている横でも「ニャーオ、ニャーオ」と甲高い声を上げる。電話の相手は「猫ちゃんがいるんですね、かわいいですね」と言ってくれるが、こちらは話に集中できないから冷や汗が出る。

 自室にこもってドアを閉めれば外側からドアをガリガリやる。自室に閉じ込めて、こちらがリビングに移動すれば「出してくれ」とばかりに内側からドアを引っ掻く。

 そのうち鳴き疲れるのか、昼ごろになるとおとなしくなる。私のクローゼットにもぐりこみ、そのまま夕方まで眠りこける。

 陽が落ちるとクローゼットから出てきて、リビングのソファでくつろいだり、じゃらし棒を振ると喜んで飛びつく。

 そうして、私が就寝するため自室に戻ると、興奮した夜鳴きが始まる、という日々の繰り返しだった。

「危うく『きんた』って名前になるところだったんだ」(小林写函撮影)

 はちは、おそらくぽんたよりも外で暮らしていた年月が長かったのだろう。もしかしたら、環境の変化との擦り合わせに時間がかかるのかもしれない。

 ただ、はちは快食快便で、トイレの粗相も一切なく、爪研ぎの場所もすぐに覚えた。問題は、夜鳴きと朝鳴きだけなのだ。

 私はマンションの上の階と隣のお宅に菓子折りを持って挨拶に行き、しばらくは猫の鳴き声で迷惑をかけることを詫びた。

 飼い主がオロオロするとよけい猫の不安をあおる。だから、どんと構えて待つしかないと自分に言い聞かせた。

(次回は9月2日公開予定です)

【前の回】順風そうに見えた初日から一転 野良猫「にゃーにゃ」との暮らしは波乱の幕開けに

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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