人が大好きでフレンドリーなゴールデンレトリーバーのユーティ
人が大好きでフレンドリーなゴールデンレトリーバーのユーティ

自閉症の若者と絆を結ぶ 介助犬からのキャリアチェンジ犬「ユーティ」

 介助犬として訓練を受ける犬のうち、実際に介助犬になるのは3割ほど。キャリアチェンジした犬たちはその後どのような道を歩むのだろうか。キャリアチェンジ犬を迎えたある家庭にお邪魔した。

(末尾に写真特集があります)

その犬が活躍できる場を提供する「With You プロジェクト」

 介助犬になるための訓練を受けたけれど、健康面や性格面などで、介助犬には向かないと判断された犬たち。社会福祉法人「日本介助犬協会」では、そんな犬たちの個性を見極め、その犬がもっとも活躍できそうな場にキャリアチェンジさせる。

 その一つが「With You プロジェクト」で、障害のある人や子どものいる家庭にキャリアチェンジ犬を譲渡するというもの。受け取り手となる人と犬の個性を慎重にマッチングした結果、これまで28頭がさまざまな家庭に譲渡されていった。

 ゴールデンレトリーバーの「ユーティ」(2歳)もその一頭だ。昨年秋、知的障害を伴う自閉症の若者がいる家庭のペットになった。

6年越しにやってきたキャリアチェンジ犬「ユーティ」

 板橋区の田口星太さん(22歳)は聴覚過敏があり、犬の吠え声に驚いてしまう。両親は犬好きで、星太さんに生き物とふれあう経験をしてほしかったが、犬は吠えるから飼うのは無理だろうと思っていた。それが、あるとき星太さんの同級生の家に譲渡された日本介助犬協会のキャリアチェンジ犬と出会い、「吠えない犬もいる」と知った。

 そこで、協会に相談し、待つこと約6年。昨年の10月、ついにユーティがやってきた。動物は嫌いではないものの、さわるのは苦手という星太さんに、「うちに遊びに来てお泊まりする犬だからね」と紹介し、徐々に慣らしていった。

ユーティがやってきたことで変化が見られるように

 最初は「えー、今日も泊まるの?」と言っていた星太さんだったが、3か月ほど経ったある日、近所の床屋さんに「協会に返すの?」と聞かれたときは、「ユーティはもう返しません。いっしょに家で暮らすんです」ときっぱり答えた。そばで聞いていたお父さんはしみじみ嬉しく思ったという。

 「星太は変化が苦手で、自分のルーティーンにこだわる。そこに新しく加わった犬という存在を、家族として受け入れることができた。少し成長したのかな、と。」

星太さんとユーティ

 日中は福祉作業所に通っている星太さんが夕方帰宅すると、ユーティはお気に入りのタオルをくわえて出迎えるそうだ。星太さんはそれを受け取って投げ、ユーティが見事キャッチすると、頭をなでてあげる。以前は「大丈夫だから、さわってみて」と促さなければならなかったのが、自分からユーティをなでられるようになった。つい最近も、ユーティをなでながら、「もうずーっといていいよ。お姉さん(協会の訓練士さん)のところに帰んなくていいよー」と話しかけていたそうだ。

人も犬も、気遣う相手ができることによって生まれる成長

 また、ドアを閉めるときは、「ユーティ、どいてー。危ないよー」と、ユーティがドアに挟まれないよう注意するようになり、外での散歩中、ユーティが便意を催して踏んばると、「がんばれ、がんばれ、ウンチがんばれ〜」と声援を送り、出ると「やったー!」と諸手を挙げて喜ぶ。そんなことは今までなかった、とお父さんは言う。

「これまでは自分が周りから気を使われるほうだったのが、気遣う相手ができた。守らなきゃいけないものができた。妹みたいなものなのかもしれませんね」

介助犬協会の訓練士山口さんと再会し、甘えるユーティ

 ユーティのほうも新たな一面を見せるようになったそうだ。訓練士の山口歩さんによると、「ユーティは自分の興味を優先する子」だったそうで、人の歩調に合わせるのが苦手だった。それが、星太さんと歩くときだけは彼に合わせて歩くので、とても散歩がしやすいという。

「こんな風になるとは、訓練中は予想していませんでした。ユーティには障害のある人を気遣う資質があるようです」

ユーティが中心となって、よりいっそう増えた家族の会話

 ユーティの存在は家族にも大きな癒やしをもたらしているようだ。星太さんのケアを長年家族の中心で担ってきたお母さんにとって、ユーティが家に来たことは「これまでがんばってきたご褒美」。以前は公園で犬と散歩している人たちを見て、「いいなあ、いつか私もこんな風にできたらなあ」と思っていたそうだ。

 コロナ禍で暗いニュースばかりがあふれていた日々でも、ユーティが話し相手になってくれた。

 また、元々よく話をする家族だったのが、ユーティが来てからはさらに会話が増え、星太さんと双子で大学院生のお兄さんもユーティの散歩に加わるなど、家族のつながりが深まったという。

田口さん一家

 地域の人々との関係も変わってきた。ユーティを連れて散歩していると、これまで面識のなかった人たちから次々と声をかけられ、地域に知り合いがたくさんできた。人が大好きなユーティは誰に対してもフレンドリーで、なかにはユーティをなで、「今日は一日幸せになりそう」と喜んだ高齢の女性もいたそうだ。

地域とのつながりを深め社会に出る手助けもする、キャリアチェンジ犬という存在

 田口さん一家は星太さんの障害を隠すのではなく、地域の人々に理解し、受け入れてもらいたいと願っている。星太さんがユーティといっしょに歩くことで、「ユーティんちの兄ちゃん」として知られ、見守る人の目が増えれば、星太さんの安全にもつながるだろうと期待している。

 星太さんは「うちのユーティです。よろしく」と周囲に紹介するそうだが、じつはユーティのほうも「うちの星太さんです。よろしく」と思っているかもしれない。

お気に入りのおもちゃをくわえるユーティ

 直接障害のある人の介助はしないけれど、地域の人々とのつながりを深め、障害のある人が社会に出ていく助けとなっているユーティ。

「ユーティ」という名前は「ユーティリティ」(「効用」「役に立つもの」という意味)という英語から来ているそうで、子犬時代のユーティを預かり育てたパピーファミリーが、さまざまな人の役に立つようにとの願いを込めてつけたという。まさにその名のとおりの活躍ぶりに、キャリアチェンジ犬の大きな可能性を感じる。

(次回は8月24日公開予定です)

【前の回】人と動物の双方を早期に支援できるコミュニティづくりをめざす キドックス訪問

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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