悲しむ飼い主にどう言葉をかければ? 模索続けた動物看護師が10年後に見つけた答え
動物看護師の仲地亜由美さんは、2人の印象的な飼い主に出会います。ひとりは愛犬の安楽死を希望。もうひとりは、愛犬が視覚を失うかもしれないと打ち明けました。それから10年ほどのち。仲地さんは思いがけない形で、これらの体験が自分にとって、どんな意味を持っていたのかに気づきます。
安楽死を望んだ飼い主の思いとは
初めて就職した動物病院でのこと。飼い主の女性が、ヨークシャー・テリアを連れて来院した。ヨーキーは17歳と高齢で、失明しており、下半身不随で寝たきり、腎不全も患っていた。そして女性自身はガンだった。
「ワンちゃんを安楽死させたいとのお話でした」と、仲地亜由美さんは振り返る。
ヨーキーはたしかに持病はあったが、元気でご飯もよく食べた。そのためすぐに安楽死という決断は獣医師も受け入れられず、特例で、長期のお預かりという対応になった。
ヨーキーの担当動物看護師になったのが仲地さんだった。自然と女性と話す機会も多くなる。
安楽死に対しては、否定的な考えももちろんある。だが一方で、それを希望した女性の思いというものもあった。
「その子の介護をしながら、自分の治療もしなければならない状況に強い不安を感じていらっしゃいました。他の家族に任せることもできず、自分が看取(みと)ってあげたいと思われたようでした」
1年後、ヨーキーは亡くなった。ヨーキーには毎日十分尽くしてお世話をしたが、できることはそれだけではない気がした。「私は動物看護師として、何ができたかな。動物と飼い主様の間で、できることはなかったか……」
飼い主に返す言葉が見つからない
もうひとつ、同じ病院に勤務していた時のエピソード。
親しくしていた飼い主の女性と、こちらもヨーキーのコンビ。その日も待合室で姿を見かけると、仲地さんはいつものように「こんにちは」と声をかけた。すると女性が悲しそうな顔をして言った。
「この子、目が白く濁ってきたのよね。見えなくなっちゃうのかな」
ヨーキーの目には、白内障の症状が現れていた。
「その一言を言われた時、私は何て返したらいいのかわかりませんでした。ただ、聞いていることしかできなかったんです」
いったいどう返事をするのが正解だったんだろう。仲地さんは必死だった。「まずは目の知識を増やしてみよう」と、動物看護師向けの眼科セミナーも受講した。
目には詳しくなったけれど、探している答えは見つからなかった。まるで宿題を抱えたみたいに、それからもずっと考えながら仕事を続けた。
月日は流れ、仲地さんはある時、グリーフケアのオンラインセミナーに参加する。
グリーフケアは、日本の動物看護の世界でも浸透してきた概念だ。動物との死別などによるグリーフ(悲嘆)から、飼い主が立ち直れるよう、サポートすることをいう。
セミナーで、講師を務める獣医師がこんな話をした。
「亡くなることだけがグリーフだけではありません。例えば病気や余命を宣告された時など、これから訪れることに対する不安を感じた時にも、グリーフ状態になります」
頭の中に、待合室での光景が浮かんできた。
「もしかするとあの飼い主様も、私に病気の説明を求めていたというよりは、まさにグリーフ状態だったのかもしれない。この先目が見えなくなるかもしれないワンちゃんと、どう生活してゆけばよいのかわからず、将来への不安や恐怖に襲われていたのではないかと感じました」
10年越しの宿題の答えを見つけた
さて、現在は埼玉県八潮市にあるすみか動物病院で働く仲地さんだが、もうひとつの顔がある。個人事業として、動物看護師のキャリア支援を行っているのだ。
「動物看護師は離職率の高い職業といわれます。中には人間関係や待遇などが理由で、本当は辞めたくないのに退職を選ばざるを得ない人もいます。長く続ける人が増えれば、その先には必ず、動物と飼い主様の幸せがあるはずなのに。もったいないことですよね」
かくいう仲地さんも、仕事で悩んだことがある。業界の先輩に電話で思いのたけを聞いてもらった体験から、「キャリアの悩みを打ち明けられる場を作りたい」と思うように。そこで「VT-Link」という、動物看護師のためのウェブ上の相談窓口を、たったひとりで立ち上げた。
さらには、アメリカで働く日本人動物看護師と一緒に、動物医療者向けのコミュニティーサイト「CVP」も開設。動物看護師が楽しく長くキャリアを積めるためのサポートに力を入れている。
この活動での強みがほしいと、国家資格であるキャリアコンサルタントの資格取得を決意した仲地さん。講習を受けたのち、厳しい筆記と実技の試験に初挑戦。見事今年、資格を手にした。
キャリアコンサルタントは、元気でピンピンしている人の仕事探しだけをサポートするのではない。学生や高齢者、障害を持つ人など様々な人々の支援に携わる。
病気の人の支援について講義を受けた時のこと。「キャリア支援というのは、仕事の背景にある生活も支援すること」との説明を聞いた時、長年考え続けてきたことが、すっと一本の串につながった。
「飼い主様が、病気の動物とこれからどんな生活を送っていこうかと考えることも、ひとつのキャリア形成なのかなと思ったんです。飼い主様が思い描くキャリア、つまりこれからの生活に対し、私は動物看護師として動物と人の間でかかわりながら、支援をしていきたいと思いました」
動物看護師になって15年。ヨーキーとの今後に悩む2人の飼い主との出会いから、およそ10年がたっていた。あの時の体験に、キャリア支援という自身のライフワークが重なり、動物看護師としてのありたい姿が初めて明確になった瞬間だった。
丁寧にかかわる時間を増やしたい
今後は動物看護師のキャリア支援と、動物と飼い主の間に入っての支援の両方に力を入れていくつもりだ。動物と飼い主の支援については、こんなアイデアを思い描いているという。
「動物病院は忙しい場所ですが、飼い主様に丁寧にかかわって、生活支援をしていけたらと考えています。具体的には診察の合間や待合室で、お話を聞く時間をなるべく多く持ちたいです。将来は診療時間外に予約枠を設けて、不安や相談事のある人が、動物看護師と獣医師を交えた3人で、ゆっくりお話しできる空間が作れたらいいな」
楽しい「キャリア」の相談ももちろん大歓迎だ。ある飼い主が、「将来高齢者施設に入ったら、この子も連れていって、セラピー犬として活躍させたいの」との夢を聞かせてくれた時は、仲地さんも一緒になってワクワクした。
白内障の不安を口にした飼い主に、返せなかった言葉。仲地さんの中で答えは見つかったのだろうか。
「あの時は『何て言ったらいんだろう』って、他のことを考えながらだったから、百パーセント、飼い主様の言葉を聞けていませんでした」
相手に心を寄せているようで、そのじつ意識は自分に向いていた。
「今ならおっしゃりたいことをしっかりと受け止めて、『つらいですね』と気持ちに寄り添いたい。その上で、『この子のためにできることを、一緒に考えていきましょうね』って、言ってあげたいかな」
その言葉から支援は始まる。
誰しも動物を飼い始めた時は夢がふくらむが、動物と人がともに歩む暮らしは山あり谷ありだ。病気、環境の変化、老い。困難が訪れても、幸せなキャリアを重ねてゆけるよう、仲地さんはやさしく手を差し伸べる。
(次回は8月9日に公開予定です)
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