「桜、一緒に見ようね」と約束 遊び盛りの猫を失うのは心臓がえぐられるようなつらさ
イラストレーターの竹脇さんが育った奥深い住宅地。この場所で日々繰り広げられていた、たくさんの猫たちと犬たちの物語をつづります。たまにリスやもぐらも登場するかも。
ビュンビュン走る子猫「セナ」
遠い昔の話だが、私が大学1年生の時、ひとつ年上の恋人ができた。彼はとてもハンサムで文武両道、華やかで私とは全く違うタイプだった。なぜ私に興味を持つのか不思議だったが、ひとつだけ共通点があった。
それは「無類の猫好き」という点だ。
彼のご両親はつがいのアメリカン・ショートヘアを飼っていて、生まれた子猫を竹脇家に1匹譲りたい、と言ってくださった。
その頃の竹脇家にはすでにたくさんの猫がいたが、お断りすることもできず、ある日くるくると独特の渦巻き模様をした猛烈に可愛い子猫がやってきた。
我が家に着くなり先輩猫たちにじゃれつき、少しも物おじしない。
それどころかビュンビュンと家中を走り回るので、F1レーサーから名前を拝借し、「セナ」と名付けた。
セナはしなやかな筋肉で家中を飛び回り、そうかと思えば急に電池切れになってコテンと眠ってしまう。その様子があまりにも可愛くて、猫を含めた家族全員が彼にメロメロになった。
セナにとっては見たこともない場所で、大勢の知らない猫と人に囲まれているというのに、なんという天真らんまん。これは大物になるぞ、と成長が楽しみだった。
セナはとにかく無邪気で元気いっぱいで、どんな猫ともすぐに仲良くなった。そのうえ甘えん坊で、とりわけミケ子をお母さんと思い込み、大きくなってからもずっとミケ子にべったりくっついては、おっぱいを探して眠っていた。
子猫が親猫のおっぱいを吸うときに両手をもみもみする仕草を、セナをくれた彼は「アチョー」と言うのを聞いて最初は爆笑していたが、結局、竹脇家では「アチョー」が定着してしまった。
まだ3歳、突然の宣告
しかし、ある日セナの異変に気付いた。
数日前まで元気に飛び回っていたのに、覇気がない。
顔つきも、なんだかおかしい。
大好きなお庭にも興味を失い、食欲もなく、うつらうつらしている。
セナはまだ3歳、遊び盛りだというのに。
あわてて獣医に連れて行くと、嫌な予感は的中してしまった。
もう、余命はあとわずかだというのだ。
その診察のあと、どうやって家に帰ったか覚えていない。
家族全員で泣き崩れ、みんな顔が腫れて誰かわからなくなった。
セナが涙でぬれてしまうというのに、代わる代わる抱きしめた。
数日前まで、あんなに元気だったのに?
こんなにむちむちしているのに?
こんなにこんなに可愛いのに?
なぜ?
目の前が真っ暗になるって、こういうことかな、と、ぼんやりした頭で思った。
そのときにできる限りの治療を施したけれど、セナはみるみる衰弱していった。
母はそんなセナを毛布でくるみ、まだ肌寒い春の庭にでて、「桜、一緒に見ようね」と、セナに言った。
セナは、ひらひらと飛んでいくチョウチョを母の腕の中で見つめていた。
竹脇家の猫の名前にかける思い
その年の5月1日、アイルトン・セナがF1の事故で亡くなった。
追いかけるように、我が家のセナも旅立ってしまった。
闘病がとてもつらそうだったから、「またビュンビュン走り回れるね」「おいしいもの、いっぱい食べられるね」と、涙でボロボロになりながらも口々に言ってはいたけれど、若い猫を失うのは本当につらかった。
「心臓をえぐられるくらい」、という表現が近いかもしれないが、言葉になんかできなかった。
母は、セナのつややかな渦巻きの黒をほうふつとさせるオニキスのチョウチョのネックレスを作り、「セナといつも一緒にいたいの」と言った。
それからは、ほんの少しの暗い影でも入る隙がないよう、竹脇家の猫の名前はカラフルで楽しいお菓子や果物やお酒の名前に由来するようになった。
どんなに危険な目にあっても絶対に死なないアニメのキャラクターや、華々しい高級ブランドからも、時々拝借している。
占いやスピリチュアルなものを全く信じない私の、ささやかな願掛けだ。
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