繁殖業者が虐待の疑い、犬1000匹が劣悪な環境に 繰り返さないため必要なことは
ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主のくらしにとって身近な話題を、法律の視点から解説します。今回は、動物の不適切な飼育や繁殖を防ぐために必要なことについて考えます。
1000匹の犬が劣悪な環境に
今回は、タイムリーな話題について書きます。
長野県松本市において動物取扱業(繁殖業)を営んでいた経営者らが、1000匹近くもの犬を劣悪な環境で飼養し、病気の犬に適切な治療を受けさせなかったなどの動物虐待罪の被疑事実で、11月4日に逮捕されました。
これに先立ち、9月初旬には事業所の捜索(裁判所令状に基づく強制捜査)が行われ、施設内の全頭について、警察関係者により健康状態の状態チェックがされたようです。このときに得られた証拠もふまえて、今回の逮捕に至ったのではないかと思われます。
まず、今回の事件に限らずいえることですが、「逮捕=有罪」ではありませんし、逮捕や勾留などの身体拘束手続きは、刑罰ではありません。ドラマでは、犯人に手錠をかけて事件解決!となりますが、実際は違います。逮捕は、有罪判決を得るための証拠をそろえる、被疑者の供述などから事案の解明を図るための手続きといえます。
今回も、逮捕の理由とされた事実には含まれていないと思われる、(事実関係に争いがあるようですが)獣医師資格のない者が麻酔をかけずに帝王切開をしていた事実の有無、狂犬病予防法違反(市への所有者登録、年1回の狂犬病予防注射)の有無などについても、今後さらに捜査が進められ、明らかにされることを期待します。
私が過去に関与した同種事件と比べても、1000匹近くもの犬を一事業者が飼育しているのは前代未聞で、その点で社会問題として大いに注目されるべき事案といえます。報道関係者の皆様には、問題の本質を掘り下げた報道をお願いするとともに、逮捕や捜索などの瞬間だけでなく、最終的な刑事処分の結果が出るまで、継続的にフォローしていただきたいと思います。
また、今回に限らず、動物虐待事案が報道されると、被害動物に心を痛めるあまりの行動とは思いますが、SNSなどで激しい意見を述べる方が多くおられます。法治国家の下では、被疑者は、裁判手続きを経て、法律の範囲内において刑事責任を負うべきではありますが、必要以上にプライバシーがさらされたり、私的制裁のような状態になることは相当ではありません。
劣悪な環境で犬や猫を飼育させないために
そして、まだ係属中ではありますが、今回の事案を受けて、今後、同種事案を防止するために必要と考えられる制度として、以下の3点を提案したいと思います。
- 1 繁殖業者の許可制
2 虐待動物の一時保護制度
3 動物行政が積極的に指導監督権限を行使する仕組み
1 繁殖業者の許可制(規制強化)
動物取扱業者の許可制については、動物保護団体を中心に長年主張されているテーマであり、私も、10年以上前から、繁殖業者が犬猫を金もうけの道具としか見ていないような事案が発生する都度、提言しています。環境省内の会議でも、法改正のたびに、許可制の導入について議論がされていますが、いまだ実現していません。
動物の繁殖は、言うまでもなく、新しい命を生み出す行為であり、これを事業として行うにあたっては、その動物の血統や遺伝性疾患に関する専門的知識や、生命尊重に対する相当の倫理観を有していることが望まれます。
しかしながら、現在の登録制のもとでは、比較的容易に繁殖業を始めることができるため、単一種を繁殖するシリアスブリーダーから、犬屋と呼ばれる者、事業をしている意識さえない素人繁殖者など、玉石混交の状態といえます。はやりの犬種を大量に産ませ、動物について、「お金を生み出す機械」程度にしか見ていない業者が、残念ながら一定数いるのが現実です。こうした問題の大きい業者が参入しにくい仕組みとして、原則的には禁止であるけれど、例外的に解除することを内容とする「許可制」が必要といえます。
2012年改正により、第2種動物取扱業ができ、届け出制となっています。業態によって規制の強弱をつけることは既にされていますので、少なくとも繁殖業について、できれば販売業者までは、許可制とすることが必要と考えます。
2 虐待動物の一時保護制度(新設)
この点については、以前のsippo連載で説明したとおりです。
私が過去に関与した事案でも、過密な飼育環境下にある事業者の問題が大きくクローズアップされた直後、一度に数百匹の犬猫が移動されて行方が分からなくなったことがありました。動物虐待者であっても所有者であることには変わりはないため、こうした行為も違法とはいえず、動物を取り上げることはできないのが現状です。この大きな問題を解決するために、虐待動物の一時保護制度が必要となります。
今回の事案でも、松本市保健所は、業者側の求めに応じて引き取った21匹以外にも、粘り強く犬の引き取りを求めていたとされていますが、業者はこれに応じず、複数のルートで犬を移動させたようです。劣悪な環境下にいた犬たちが、今後はよい環境で暮らせることを願います。
3 自治体・動物行政部署の問題について
この点については、これまでも現場の関係者に認識されてはいたものの、あまり明確に問題が強調されてはいなかったように思います。しかしながら、私が過去に関与した複数の問題事例においても、もっと早い段階で自治体の動物行政部局が適切に勧告、命令などの行政処分を行い、あるいは刑事告発も辞さない厳しい対応を取っていれば、最悪の事態に至る前に劣悪な飼育環境が改善され、あるいは一時的には混乱するかもしれませんが、問題が大きくなる前に収束していたかもしれません。
今年4月に環境省が自治体向けに策定した『動物取扱業における犬猫の飼養管理基準の解釈と運用指針~守るべき基準のポイント』においても、新たな基準を厳格に運用し、レッドカード基準として機能させていくために、新たな基準を厳格に運用することが明記されるなど、国の姿勢が強く示されています。
これまでのような監督権限の消極運用は、今後は変わっていかなければならないと思います。上記環境省の資料には、具体的手続きの手順も示されていますので、前例がないために手続きの進め方に苦慮するといった現場行政の問題も解消されると思われます。
今回の事案においても、当該業者の問題を長年解決できず、むしろ状況を悪化させたと言わざるを得ない長野県や、今年4月から業務が移管された松本市においても、対応が遅かったことは否定できません。今後は他の自治体を含め、行政権限の不作為が事後的に発覚することのないよう、第三者を含めた問題の検証及びその結果の公表が必要であると考えます。
飼い主側の意識も問われている
刑事事件になるほどの虐待状態での大量繁殖は論外ではあるものの、一般的には、ペット業界側の意見として、消費者の需要に応えるためにやっているとの言い分が考えられるところであり、その点では、消費者である飼い主側の意識もあらためて問われていると思います。
大量繁殖が事業として成り立ち、子犬工場というべき施設が各地にあるのは、犬猫に対する大量購入・大量消費の構造に支えられている面は否定できないともいえます。市街地の一等地にペットショップが出店し、ガラスケースにかわいい犬猫が展示され、多くの人がフラッと立ち寄り気に入ればすぐに買えてしまう、という販売方法についても、そろそろ考え直す時機にあるかもしれません。
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