劣悪な環境から犬や猫を助けたい 立ちはだかる「所有権のカベ」、どう打ち破る?

 ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主のくらしにとって身近な話題を、法律の視点から解説します。今回は、動物の緊急一時保護についてです。

多頭飼育崩壊が全国で多発

 前回、多頭飼育問題の解決に向けた自治体や関係者の取り組みについて、紹介しました。今回は、それに続いて、こうした運用だけでは解決困難な残された課題について、考えてみたいと思います。

 自宅などで犬猫がネグレクト状態にある多頭飼育崩壊事例が全国で多発し、社会問題化しています。ここ2年程度以内で、100匹以上の「超」多頭飼育事案に絞っても、少なくともこれだけあります。

2019年3月  群馬県太田市    猫113匹
2019年7月  徳島県       猫100超匹
2020年3月  札幌市       猫238匹
2020年5月  滋賀県       うさぎ約130羽
2020年6月  山口県宇部市    猫149匹
2020年9月  神奈川県海老名市  猫144匹
2020年10月  島根県出雲市    犬164匹
2021年4月  静岡県富士市    犬109匹

 また、犬猫が長時間車中に置き去りにされる事案、孤独死や被疑者の身柄拘束などにより犬猫が室内に取り残される事案もあります。

立ちはだかる「所有権のカベ」

 こうしたケースにおいて、動物保護団体などが保護、引き取りを申し出た場合、飼い主や相続人などの権利者から任意に譲渡されれば問題ありませんが、飼い主らがかたくなに拒否した場合は、飼育環境が劣悪であるとしても、強制的には保護できません。犯罪捜査の手段として、裁判所の令状に基づき虐待されている動物を差し押さえすれば一時的に保護することは可能であり、今でも一部の事件ではそのような対応をしていますが、警察が動かない事案も多く、また、必要な捜査が終了すれば飼い主に返還する必要があります。

 この「所有権のカベ」が、保護関係者や動物行政の前に高く立ちはだかっています。現場の最前線で動物の保護活動をしている人たちであれば、必ず直面するといっても過言ではありません。現場でリアルタイムに弱っていく動物を見ながらどうしても救えない、動物行政関係者も警察も助けてくれない状況で、何とか保護したいと思うあまり犯罪(住居侵入、器物損壊、窃盗など)もいとわないという人もいます。

 仮に保護が強行された場合、現行法においても、緊急避難が成立するものとして、損害賠償責任や犯罪の違法性阻却事由になると解釈する余地はあるかもしれません。

多頭飼育崩壊が全国で多発している

 しかしながら、それぞれのケースにおいて、動物の生命・身体に対する具体的な危険がどの程度迫っているのか、どのような権利がどの程度侵害がされたのかなどによって、判断が微妙なこともあります。また、その場で第三者が法的判断をしてくれるわけでもないので、通常は、保護しようとする人と権利者との間で、トラブルになるおそれが大きいです。そもそも、心ある保護関係者に、民事責任・刑事責任のリスクを負わせてはならないと思います。

動物の緊急保護という制度

 そこで、公的機関が強制的に、動物の緊急(一時)保護を行える法律上の制度が必要となります。これは、現場の関係者が長年実現を要望してきた重要なテーマです。

 この点について、飼い主らの所有権、財産権は憲法で保障されていることを理由に、否定的・消極的な意見があります。しかしながら、これだけでは否定する理由にはなりません。

 所有権は重要な権利ですが、かといってあらゆる制限が許されないというのではなく、公共の福祉による制限=法令で制約される場面は実際には多々あります。例えば、銃や刃物・覚醒剤などのみだりな所持が禁止されていることや、土地の強制収用、法律や条例による各種の建築規制、自己が所有する動物であっても殺傷や虐待すれば犯罪が成立することも、所有権が制限されている具体的な場面といえます。

虐待されている動物を助けるために

 規制によって得られる権利・利益と、規制によって制限される権利を比較し、目的が正当であり、合理的な内容であれば、法律で規制しても憲法上の問題はなく、可能とされています。

 そして、虐待動物の緊急一時保護によって得られる利益は、前回紹介した環境省の「多頭飼育対策ガイドライン」に示された目的とも符合します。すなわち

① 動物の生命・身体を保護する
② 近隣住民の生活環境を保全する
③ 動物の飼い主を心身の悪化、生活状況の悪化から保護する 

 の3点と考えれば、動物だけでなく、人の権利・利益を守ることになります。一方で、飼い主らの所有権が制限されるものの、例えば、所有権自体を失わせるのではなく、劣悪な飼育環境から動物を一時的に保護して獣医師の診察を受けさせ、その後健康状態を回復などの内容であれば、所有権に対する制限はそこまで強くはないといえます。

動物の緊急保護、導入検討を

 このように、動物に対する緊急一時保護は、制度設計次第で十分合理的なものといえ、次回の動物愛護管理法改正では、前向きに導入を検討すべきと考えます。

 具体的な内容を考えるにあたり参考になる制度として、児童福祉法33条に定める一時保護制度があります。これは、児童の安全を迅速に確保し、適切な保護を図るため、児童相談所が原則として2カ月間保護するものです。

 これを虐待動物にも準じて考えると、2019年改正によりその存在や役割が明記された動物愛護管理センターに一時保護権限を与え、また、必要に応じて外部委託も可能にする方法が考えられます。

【関連記事】多頭飼育崩壊に陥るのはどんな人たちか 飼い主を救うことは犬や猫を救うこと

細川敦史
2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物に対する虐待をなくすためのNPO法人どうぶつ弁護団理事長、動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。

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この連載について
おしえて、ペットの弁護士さん
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