ただ寄り添い、人の心を癒やす犬たち 病院や司法の場、障がいがある家族のいる家庭で

手術室へ向かう患者と、よりそう犬
聖マリアンナ医科大学病院(神奈川県川崎市)で手術室へ向かう患者さんに寄り添うモリス(スタンダードプードル)。人との触れ合いが大好きなことが「勤務犬」に求められる特性だそう

 公益社団法人アニマル・ドネーション(アニドネ)代表理事の西平衣里です。虐待をされていたり、苦しい病気であったり、障がいを抱えていたり。この世には、生きづらい状況にいる人たちがいます。そんな人たちに寄り添う犬たちを知っていますか?驚きのチカラを秘めた犬たちへ、心からの感謝を込めてのレポートです。

(末尾に写真特集があります)

犬がリラックスし、いい状態でないと人は癒やされない

「実は、何年も断り続けていたんです」。意外な言葉を口にしたのは、社会福祉法人「日本介助犬協会」のセンター長の水上言さん。断っていたというのは「病院へ犬を貸し出す」こと。現在、日本介助犬協会で訓練を受けた犬が週に2回、神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院で病気の患者さんに寄り添っています。

「なぜって、人が癒やされたいために犬を利用すべきではないんです。犬がリラックスでき、いい状態のときに人は癒やされるのだから、最初に打診されたときには難しいと判断したんです。ただ、ミカは違いました」

 初代、病院での「勤務犬」のミカは、遠くスウェーデンからやってきたスタンダードプードル。「ミカは、その場にいるみんな一人一人に本当にうれしそうにあいさつに行くんです。それはミカの特性でしたね。その状態を見て、いける、と直感しました」

 実際、ミカは癒やしや助けが必要な子へ近づき、寄り添いました。「ミカがいるから、今日の手術はがんばれる」「ミカに会いたいから、つらいリハビリも乗り越えられる」。まるで子供たちのキモチが分かっているかのように病院を明るくしていきました。訓練で指示されて動くのではなく、ミカが自ら好きな子供たちに近づき患者のキモチを前向きに変えていく、けっして本人(犬)は無理をすることもなく。

病院に勤務したことがある黒い犬
初代「勤務犬」のミカ。8歳で病院勤務は引退。現在11歳でハンドラーさんの自宅で楽しく余生を送る

感情の扉をノックする犬のチカラ

 現在、日本介助犬協会では勤務犬以外にも『付添犬』という法廷などに付きそう犬たちを育成しています。虐待や性被害を受けた子供たちは、司法の現場で何が起きたのかを繰り返し発言をしなければなりません。それは二次被害ともいえるほどのつらいこと。そんな場にただただいるだけでいい犬たちが付添犬なのです。

 実際に想像を絶するほどの虐待を受けた子の発言です。

「え?今日はワンちゃんがここで待っててくれるの?だったら、がんばって話をしてくるね」と。この子にとって、つらい一日で終わるのか、ワンちゃんのおかげで頑張れた日になるのか、それはとても大きな違いだと思うのです。

 時に、周りの大人は気を使いすぎてしまうこともあるのかもしれません。しゃべらなければいけない場にいるいたいけな子への取り繕いのキモチはきっと子供には伝わるのでしょう。しかし、犬はまっすぐなキモチを持って接するだけ。水上さんは「犬には人間の本当の心が見えている」と言います。

女性と黒い犬
日本介助犬協会センター長の水上言さん。今回オンラインでの取材中に、犬たちのすばらしさを語りながら思わず涙ぐむ水上さん。犬から学ぶことがとても多いと語る

人の感情と同期する犬

 犬は感情が大変豊かです。人間が楽しそうにしていると一緒に楽しそうにするしぐさや、逆に家族でケンカになれば仲裁に入ったり、明らかに嫌そうな感情を出します。飼い主としては「うちの子は言葉が分かるのよ」なんて得意顔で言いたくもなります。そう、それはあながち間違いでも思い込みでもないのです。

 ハンガリー科学アカデミーでは、MRI装置(磁気共鳴画像装置)で犬の脳の神経画像を撮影。その結果、泣き声などの感情的な音に対して犬が人間と同じように処理していることが分かったそうです(※1)。また、日本でも研究が進んでいます。顔の表情といった感情表現を通じて犬に伝わることや、ストレスのような短時間変化の情動も犬に伝わっていることが科学的なエビデンスと共に発表されています(※2)。

 おそるべし、犬たちのチカラ…。まさにワンダフルな存在なのです。

 瞬時に感情が伝達する犬たちは人間界の言葉は持たないものの、キモチがふさいだ子の感情は察知するのでしょう。病気に立ち向かう子供を応援する繊細な感情もあるのかもしれない、と筆者は想像します。

(※1)出典:ロイター「犬は人間の感情を理解、ハンガリーの研究者が科学的検証
(※2)出典:Science Portal「犬は人間に共感する能力を持っている ―飼い主の短時間の情動変化にも呼応することを麻布大グループが心拍解析で解明」(2019.09.10)

発達障がいの兄弟へもたらした安定

 日本介助犬協会では、犬の特性の見極めを大変重要な項目に置いています。犬がストレスを感じるのならば、介助犬や勤務犬にはならなくていい、という判断をします。その結果、キャリアチェンジをする犬たちが出てきます。これまで実に21匹もの犬が、障がいのある子どもや障がいのある家族がいる家庭にもらわれていきました。

「ラブやゴールデンの特性もあると思います。また、パピーホームさんや育成団体スタッフなど、多くの人と触れ合いながら育つ介助犬候補の犬たちは、オーナーが変わっても『好きな人が増えていく』感覚を持っています。常に幸せを引き寄せている存在なんですよね。そんな特性は、時には自閉症児や感情コントロールの難しいお子さんたちを穏やかにしてしまうほどの力を持っていると言えます」

 母、祖母、思春期兄弟4人暮らしの長男に発達障がいがあり、兄弟二人だけにするとケンカが絶えなかった家庭へキャリアチェンジした犬がいます。お兄さんは自尊心の低さから自傷行為をすることがあり、お母様はまったく自分の時間がとれなかったそう。しかし、犬が来た途端に自傷行為も兄弟ケンカも減り、何年かぶりにお母様は美容室に行けたと。犬は障がいのある兄弟だけでなく家族全部を包み込んだのですね。

男性と黒い犬
犬と出会い穏やかになったお兄さん。日本介助犬協会では、キャリアチェンジする犬がどの家庭に合うのかも慎重に見極めるそう

覚悟を持って犬を迎える、そして犬へ感謝を

 今回お話をお聞きした水上さんは、いろいろな犬をトレーニングしてきた、まさに犬のプロです。そんな水上さんは「飼い主に何を求めますか?」の質問をしてみました。

「『私たち家族は犬を飼っていいのでしょうか?』という質問をもらうときがあります。その質問をいただけると犬のことを考えてくださっていると感じます。まず自分たちが犬のいる暮らしに向き合えるのか、を考えることが最初のステップだと。ペットショップで目が合った犬を衝動的に……ではなく、まず自分たちが犬を迎え入れることにふさわしい家族なのか知りたい、その上でわからないことをたくさん質問してくれる方というのは信頼できると感じます。私は犬のしつけの基本はまず人が学ぶことだと思っています。犬に教える前にまず人が犬から学ぶ。もちろん犬の特性の見極めは重要ですしマッチングも重視しています。ただ、究極、犬はいるだけで既に十分なぐらいなんです。いるだけで人を幸せにする存在が犬だと思っています」

 今回、いろいろなシーンで人に寄り添う犬たちをレポートし、犬はまさに愛情の塊だな、と感じました。そんな犬たちの特性をより多く方に知っていただき、動物へ理解のある国にしていくために、アニマル・ドネーションの活動も続けねば、と改めて心に誓いました。

(次回は11月5日に公開予定です)

【前の回】空き家バンクで見つけた築50年の一軒家 保護猫たちのシェルターに活用

西平衣里
(株)リクルートの結婚情報誌「ゼクシィ」の創刊メンバー、クリエイティブディレクターとして携わる。14年の勤務後、ヘアサロン経営を経て、アニマル・ドネーションを設立。寄付サイト運営を自身の生きた証としての社会貢献と位置づけ、日本が動物にとって真に優しい国になるよう活動中。「犬と」ワタシの生活がもっと楽しくなるセレクトショップ「INUTO」プロデユーサー。アニマル・ドネーション:http://www.animaldonation.org。INUTO:http://inuto.jp

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この連載について
犬や猫のために出来ること
動物福祉の団体を支援する寄付サイト「アニマル・ドネーション」の代表・西平衣里さんが、犬や猫の保護活動について紹介します。
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