人懐っこい子猫を保護、すると気が強い先住猫が威嚇 生活エリアを分けてやっと平穏に

 都内で家族と暮らす千明さんの家には、1匹の黒猫がいる。

 名前は「キュウ」、6歳の雄だ。2015年6月のある日の朝、出勤するために家を出た千明さんが、最寄り駅に向かう途中で見つけた。

(末尾に写真特集があります)

ガリガリの小さな子猫

 まだ手のひらに乗る大きさで、道路脇の白線の上にうずくまっていた。目は目やにで汚れ、ガリガリに痩せていた。辺りに母猫の姿は見あたらず、千明さんは子猫を拾い上げ、会社を休んで動物病院に行き、自宅に連れて帰った。

 夜になり、同居している両親と夫が帰宅すると、3人は口をそろえて言った。

「まさか家で飼うつもり?ハッチがかわいそうじゃない」

 当時、千明さんの家には「ハッチ」という名の先住猫がいた。年は10歳で、キュウと同じ雄の黒猫だった。千明さんがはじめて家族として迎え、猫と暮らす楽しさや、動物に愛情を注ぐ喜びを教えてくれた存在だった。

 ハッチが旅立ってしまった今も、それは変わらない。

黒猫
「キュウです。ハッチ兄さんはもういないんだ」(小林写函撮影)

 ハッチは保護猫だった。千明さんがインターネットで探し、2005年10月に出会った。

 千明さんは黒猫を飼いたいと思っていた。知り合いの家で黒猫と触れ合う機会があり、くっきりとした輪郭と光る丸い目と、凜とした姿の中で見せる甘えた表情に魅了されたからだった。

 出会ったときのハッチは、生後5カ月という月齢の割には痩せて小さく、顔の造作もアンバランスで、容姿端麗とは言い難かった。でも千明さんはなぜかその姿に引かれ、迎えることにした。

 名前は、かわいくて呼びやすいという理由で決めた。

 ハッチは、最初の1週間は戸棚の下などに隠れていた。やがて環境に慣れると部屋の中を歩き回るようになり、フードもよく食べ、たちまち毛づやも肉付きもよくなり、凜々しい黒猫に成長した。

必ず玄関で待っていた

 ハッチは、警戒心も気も強い猫だった。誰かれかまわずすり寄ることはなく、なでさせることもなかった。猫の扱いに慣れた人が遊びに来てもかみつくことはあったし、動物病院では獣医師に激しく威嚇をした。

 そんなハッチだが、千明さんに対しては別だった。

 千明さんが帰宅する気配を察すると、必ず玄関で待ち構えていた。「ただいま」と言ってしゃがみこんでなでると、鼻や頰をゴツンゴツンと千明さんの顔に押し当てくる。これらは、ほかの家族には決してしないことだった。

スマホ画面上の黒猫
「ハッチです。お母さんのスマホのなかにいるよ」(小林写函撮影)

 千明さんの姿が見えないと甘えた声で鳴いて探し、夜は、いつも千明さんの隣にぴったりとくっついて眠った。

「ハッチは、本当に“千明命”なんだねえ」と母親はたびたび苦笑した。

 千明さんの気持ちが塞いだり落ち込んだりしたときにも、ハッチは寄ってきて顔をこすりつけた。まるで千明さんがそうして欲しいということを知っているかのようだった。

素通りはできなかった

 千明さんとハッチの蜜月が揺らぐことはなかった。だからもう1匹猫を迎えるなど、想像したこともなかった。ハッチの性格からいっても、多頭飼いには向きそうもなかった。

 にもかかわらず、道端でキュウを見つけたとき、素通りすることはできなかった。

 キュウが警戒して逃げていたら諦めただろう。だが、まるで千明さんに拾われることを待っていたかのように、じっと道端に座っていたのだ。

黒猫
「シッポに気をつけてね」(小林写函撮影)

 反対する家族の声をよそに、千明さんは動物病院で教えてもらった通りに、乳飲み子のキュウの世話をはじめた。

 キュウは人懐っこく、にぎやかなおもちゃのようだった。家族全員にすり寄って甘え、おなかがすけば鳴いて催促し、家中を転げ回っていたかと思うと、電池がきれたようにぱたっと眠りこけた。

 そんなキュウは、10歳のハッチにとってはうっとうしい存在だった。ハッチに遊んで欲しいキュウは無邪気に飛びかかる。するとハッチは「ぎゃー」という叫びにも似た声で威嚇をし、ハッチを遠ざけようとした。

 それでも頓着せずにハッチを追いかけ回すキュウを、ハッチは警戒するようになった。キュウが同じ空間にいるだけでうなり声を上げ、姿を隠すようになった。

淡い期待を抱きつつ

 千明さんは秋にはじめての出産を控えていた。家族は、千明さんのからだや生活のことも心配し、譲渡先を探すことを強く勧めた。

 確かに、人懐っこく子猫のキュウなら、受け入れ先はいくらでもみつかるだろう。でも、ここが自分の家だと信じきっているキュウをよそへやるのは胸が痛んだ。自分のエゴでハッチにストレスをかけていることは申し訳なかったが、多頭飼いは、最初はうまくいかないことが普通だとも聞く。

 2匹の関係は2カ月が過ぎても改善されず、そのうちハッチが、キュウが過ごしたソファやクッション、猫ベッドなどでマーキングと思われる粗相をするようになった。

 いつか2匹が寄り添える日も来るかもしれないという淡い期待を抱きつつ、千明さんは、2階はハッチ、1階はキュウと2匹の生活エリアを分けることにした。

黒猫
「このベッドはね、南国の海辺の気分なんだ」(小林写函撮影)

 その後の生活は比較的穏やかだった。家族は、もうキュウをよそへとは言わなくなっていた。キュウは「みんなの猫」になり、ハッチは変わらず「千明さんの猫」として、これまで通りの生活が送れるようになった。

 千明さんは無事女の子を出産した。猫は2匹とも病気もせず健康で、動物病院にお世話になるのは年に1回の予防接種のみという状態で月日は流れた。

 だがハッチ14歳、キュウ4歳の春、急にハッチの食欲がなくなり動物病院に連れて行った日を境に、千明さんの生活は激変した。

(次回は9月24日に公開予定です)

【前の回】急に食事をとらなくなった愛猫 緑色の液体を吐き、すぐに動物病院へ

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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