犬は何を望んでいる? 満足そうな顔を見て気づく、よく考えたら私も同じだった
先代犬の富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らすライターの穴澤賢さんが、犬との暮らしで悩んだ「しつけ」「いたずら」「コミュニケーション」など、実際の経験から学んできた“教訓”をお届けしていきます。
何も言わないけれど
犬と長い時間一緒に過ごしていると、目や表情、ほんのわずかなしぐさから彼らが考えていることが何となく分かるようになる。幼い頃は「遊べ」、「オヤツくれ」、「散歩に連れてけ」、「眠い」と無邪気さ丸出しなのが、大人になると、ぼんやり外を眺めていたり、妙に気遣う視線を向けてきたり、要求だけでなく思考が見え隠れするようになる。
かつて暮らしていた富士丸も、若い頃は「犬ぞりか!」というほど全力でリードを引っ張っていたが、年齢を重ねるうち徐々に引く力に思いやりが芽生え、5歳になる頃には私にペースを合わせ、ときどき振り返ってこちらを確認するようになっていた。
あれほど破壊活動に悩んでいたのがうそのように、何の手もかからない「同居人」のような存在になっていた。私が晩酌している横で、ソファに寝転んでぼんやりテレビを眺めたり、寝言を言ったりしていた。そんなとき「こいつの本当の望みは何だろう」と考えたことがある。
根底にあるものは
散歩やゴハンなど日常のことは別として、その奥には何があるのか。イレギュラーなお出かけや旅行はものすごくテンションが上がって大喜びする。でも帰ってきたら「あぁ、わが家が一番やわぁ」みたいな顔で爆睡する。
富士丸は食に対する執着心がないヤツだったから、食べることではないだろう。ドッグランなどで楽しそうに走るが、わりとすぐにバテるから体を動かすことでもなさそうだ。
考えてたどり着いたのが「一緒にいたい」ではないかということだった。根底にそういう願いがあるように感じた。何をするでもないが、私と一緒にいるときはどことなく満足そうな顔をしているからだ。
その頃の私は派遣社員で、あるセキュリティーソフトの24時間サポートの夜の部を担当していたから(その方が稼げるからという理由で)、夜勤が多かった。出勤日はどうしても留守番の時間が長くなる。月の半分程度で、最初はいつも寝ている時間だから別にいいだろうと思ったが、富士丸は嫌だったようだ。朝方帰宅すると、玄関で不服そうな顔をして待っていた。
そうこうしているうちにあるデザイン事務所の社長に誘ってもらい、夜勤を辞めて雑誌の編集に携わるようになるが、それでも留守番がなくなるわけではない。入稿前で遅くなりそうな日はお願いして事務所に富士丸を連れて行ったりしていたが、そのうち「なんとか家で仕事が出来ないか」と考えるようになった。
憧れの在宅ワークに
その後、手伝っていた雑誌が廃刊になったり色々あった後、当時書いていたブログ「富士丸な日々」が出版社からのオファーで書籍になり、他にも本が出たり、連載を持つようになる。そのあたりのタイミングで、デザイナーではない私がデザイン事務所にいても先がないと思い、お世話になった社長に御礼を言ってフリーランスになった。
そのときフリーライターとしてやっていく自信などまったく、恐怖しかなかった。ただ、「フリーなら家で仕事が出来る」というだけでその道を選んだ。私の場合、そうして富士丸の「一緒にいたい」という願いに応えたが、私も同じ願いだったから決断したのだろう。憧れていた在宅ワークは、通勤していたときに比べると、とても快適だった。一緒にいる時間が長くなり、富士丸もますますのほほんとしていた。
なぜ犬に対してそう思うのかは分からない。人にはあまり思わないのに。若い頃付き合った女性にも、結婚した今でも「ひとりにさせてくれ」と思うことは多々ある。四六時中一緒にいると息が詰まるのだ。
けれど富士丸は一緒にいてそう思ったことは一度もないし、むしろ心が和むのだ。何をするわけでもない。そばにいるだけなのに、不思議なヤツだ。きっと何かが欠落しているんだろうけど、犬とは出来るだけ一緒に過ごしたいと思ってしまう。
その後、富士丸は突然いなくなり、しばらくして大吉と福助がやって来た。彼らに対しても、その思いは変わらない。
大吉と福助にしてみれば最初から私が家にいるのが当たり前になっているから、日常としか考えていないようだ。日中はだいたい3階の寝室で昼寝していて、私がちょっと出かけて戻っても、出迎えにも来ない(もちろん見送りもしない)。
ところが、たまに留守番が5時間くらいを越えて帰宅すると階段の上から「どこ行ってたんだよもう」という不服そうな顔でこちらを見てくる。
はいはいごめんなさいね、と思う。そして、こんな暮らしが少しでも長く続くことを願っている。
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