家で過ごす末期の猫「ぽんた」 できるだけそばにいようと決めた(47)

 ぽんたが慢性腎臓病と診断されて2年と9カ月目に入り、痙攣をおこした日の朝、動物病院に運ぶと、ぽんたは末期の状態だった。「今週末まで、頑張れるかどうか」と院長先生に診断され、残された時間は家で過ごしたほうがよいだろうと言われた。

(末尾に写真特集があります)

「でも往診して、皮下点滴をすることはできますよ」

と先生は続けた。

「からだが受けつけるなら、最期まで点滴で水分を補ったほうが、ぽんちゃんも楽になります」

 点滴によって脱水が改善され、からだに溜まった老廃物や毒素が尿とともに排出されれば、からだのしんどさは減る。また、毒素が脳にまわって激しい痙攣がおこり、苦しむリスクも減らせるという。

「ソファのカバー、そろそろ張り替えたほうがいいんじゃない?」(小林写函撮影)
「ソファのカバー、そろそろ張り替えたほうがいいんじゃない?」(小林写函撮影)

聞くと往診は、「頑張った子」への特別な対応だという。料金は、驚くほど良心的だった。

 往診を受ける猫など、有名作家のエッセーや小説の中にしか登場しないと思っていた私は、ぽんたが特別な猫になったような気がしてちょっとうれしくなった。「あんた、野良だったのに、大出世だね」とぽんたに話しかけた。

 家についてキャリーバッグを玄関に置き、扉を開けると、ぽんたはのろのろと這い出てきて、その場にぺたんと倒れこむように寝そべった。

「疲れたね、ベッドで休もうね。もう病院へは行かないよ」

 おねしょシーツを敷いた私のベッドの上にさらにペットシーツを敷き、その上にぽんたを寝かせた。湯たんぽをあて、ぽんた用の小さな布団をかけた。

 今日を含めて週末までの4日間、外出の予定はほとんど入っていない。私はできるだけぽんたのそばにいようと決め、部屋でパソコンに向かった。

 ぽんたは、数時間するとペットシーツの上に大量に排尿した。ああ、まだ腎臓はちゃんと働いている、と安堵した。

 夜、そっと布団に入ると、ぽんたがゆっくりと脇に寄り添ってきた。私はぽんたをなで、「おやすみ、また明日ね」と声をかけた。

「パソコンを指でなでてどうするの?僕の頭をなでれば」(小林写函撮影)
「パソコンを指でなでてどうするの?僕の頭をなでれば」(小林写函撮影)

 その翌日、私は1日家にいて、ほとんどの時間を、ぽんたが寝ている部屋で過ごした。

 午後、仕事に疲れてうたたねをしていると、廊下でバタン!と大きな音がした。慌てて出て行くと、ぽんたが猫トイレの脇で脚を投げ出す姿勢で横たわっており、トイレの枠がずれていた。どうやら、自力でトイレに入ろうとしたところで力がつき、そのまま床にずり落ちたようだ。

 私はぽんたを抱え上げ「トイレなんて行かなくていいよ、ベッドの上ですればいいんだから」と言い、部屋に運んだ。

 夕方、台所でお茶をいれていると、ツレアイの「ぽんた、どうしたの?」という大きな声がした。

 廊下に出てみると、ぽんたは、ツレアイの部屋の入り口に立っていた。おぼつかない足取りで部屋に入ると、以前、好きでよく登っていた窓のほうを眺めた。しばらくすると気がすんだらしく、からだの向きを変えようとしたところでよろけた。私はぽんたを抱え上げ、自分の部屋に連れて行った。

 ぽんたがツレアイの部屋に入るのは、何週間ぶりかのことだった。

 その日の夜、皮下輸液セットを持った先生が往診に来た。ベッドの上で点滴をしてもらっている間、ぽんたは、低く「うー」と唸り続けた。「抗議ができるなら、まだまだ元気があるね」と先生は言い、私たちは笑った。

 その後、リビングでコーヒーをいれ、たわいもない雑談をした。先生は、帰りがけにもぽんたのいる部屋をのぞき、頭をなで、「明日の昼ごろにまた来るね」と言った。

「こんにちは、ぽんたです。毎日家にいるのもいいもんだよ」(小林写函撮影)
「こんにちは、ぽんたです。毎日家にいるのもいいもんだよ」(小林写函撮影)

 その翌日の午前中、私は仕事の打ち合わせのために外出をした。ツレアイは家にいるし、往診も受けられる。少し安心し、打ち合わせのあと、仕事相手と遅めの昼食をとろうと店に入った。

 着席したとたん、ツレアイから携帯に着信があった。

「何してるの?早く帰って来たほうがいいよ」

電話口でツレアイは声を荒らげた。

「往診は終わったけど、ぽんたの息が荒くなってきている」

 動揺し、仕事相手に事情を説明すると「私のことは気にしないで、早く行ってあげて」と背中を押してくれた。私は謝り、店を出て駅までの道を急いだ。

 自宅の最寄り駅までは地下鉄で約40分かかる。普段利用している路線なのに、途中駅に停車しドアが開閉する時間が、これほど長く感じられたことはなかった。

 最寄り駅に着き、エスカレーターを駆け上がり改札を出る。「もし、ぽんたが」という不安を抑え込むように「大丈夫、ぽんたは大丈夫」と自分に言い聞かせ、家までの道を走った。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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