『犬部!』のモデル獣医師の太田快作さん 「命について思いをはせる映画になった」 

 2021年7月22日公開の映画『犬部!』。印象的なタイトルは、今から15年以上も前、東北の大学の、獣医学部に実在した、動物愛護サークルの名前である。作品の中で犬部を立ち上げた中心人物、花井颯太には、もちろんモデルがいた。現在、東京都内で動物病院を営む、太田快作獣医師である。

(末尾に写真特集があります)

獣医師にできること、獣医師にしかできないこと

 大学時代、犬部を立ち上げた太田先生は、そのころ当たり前に行われていた、生きた動物を使っての外科実習(対象動物は安楽死)に反対。あちこちの動物病院での臨床手術に立ち会い、そのレポートをまとめて提出することで、外科実習の単位を勝ち取った(その後も生体を使っての外科実習に反対する運動を続け、北里大学では2018年に生体を使った外科実習を廃止)。

「一匹たりとも死なせない!」

 実験のために飼われている動物でも、きちんと食事を与え、犬であれば散歩をし、譲渡できる動物なら譲渡する。映画に描かる若者たちの奮闘ぶりの原型は、太田先生の体験に基づく。

「僕はただ、ネタを提供しただけ。あくまでフィクションですし、僕が経験していないことも、たくさん盛り込まれてますよ」

 はにかんだように話す太田先生だが、今も動物愛護について、当時と変わらぬ情熱を持ち続けている。ケガをした野良猫が来れば、格安に治療をし、県外の動物保護団体から要請があれば、集中避妊手術のために自腹で出張もする(コロナ禍のため、現在は休止中)。彼はまさに、今も『犬部!』なのだ。

「動物のケガや病気を診察して、診断して、治療する。それって、獣医師にしかできないことなんです。日本全国にはたくさんのボランティアがいて、みんな必死に命をつなごうとしている。それでも、彼らには治療ができない。獣医師が、獣医師にしかできないことをしないでどうするんだ?って」

太田快作
「獣医師にしかできないことがある」

犬部創設からの16年で大きく変わった動物愛護活動

 自身の経験が映画になったことを、ご本人はどう感じているのだろうか。

「僕らが犬部を作ったころ、いわゆる学生運動家的な、『活動家』っていう目で見られていた。殺処分も多くて、でもそれは仕方のないこと、とされていた。その当時から『行政は何もしてくれない!』と世の中に訴える活動家もいましたが、実際の現場では、行政側(保健所や動物愛護センター)と民間(ボランティア)が協力する場面はいくつもあった。彼らを『敵』扱いしたところで、何も解決しない。いろんなきっかけがあって、いいとか悪いとか、そんなこと言ってる場合じゃない、っていうことにみんな気づき始めて、動物愛護の在り方もだいぶ変わったと思います」

 この10数年の間には、東日本大震災もあった。熊本大地震もあった。大きな災害で迷い犬・迷い猫になってしまったペットたちのことや、取り残されてしまった馬や牛などの家畜の話題がニュースにもなった。首都圏から福島へ駆けつけるボランティアの活動も知られるようになり、愛護活動に寄付をしたり、ボランティアに手を挙げる人も増えている。

「犬や猫は野生動物ではない。野良猫や野犬であっても、人間が責任を持ち、家族として家の中で一緒に生活するのが適切であることも、だいぶ周知されつつある。それでもまだ、課題は山積みです。そんな課題の数々、一筋縄ではいかない問題の複雑さを、魅力的な俳優さんや動物たちの熱演で、ぜいたくに描いた映画になったな、と思っています。それもひとえに、脚本を担当した山田あかねさんはじめ、作り手の人たちが動物愛護を本当にわかっている人たちだったからこそ、なんです」

太田快作
診察室のドアには肉球マーク! 誰かのペットも、飼い主のいない野良犬や野良猫も、ここで太田先生の診察を受け、命を繋いできた

日本は動物愛護後進国…は本当か?

「よく、日本はまだまだ遅れている、と言われることがあります。欧米にはSPCA(動物虐待防止のための組織)や動物愛護の団体もシェルターもたくさんある。動物の遺棄や虐待に対する罰則も厳しくて、避妊去勢を義務付けている地域もある。アメリカにはアニマルポリスまであります。

 例えばアメリカでは、3億何千万人の人口に対して、年間の動物殺処分数は2000万頭だった。それが、そうしたさまざまな努力の末に200万頭まで減らすことができた。これは奇跡だ!って大喜びしてるんです。でもね。僕は実は、日本が一番いいと思っているんですよね」

 欧米では殺処分数にカウントされていないものがあるという。

「例えば、問題行動を起こした動物(かみついた、吠え付く、暴力的など)は病院で安楽死されることもあります。野良犬や野良猫が狩猟の対象になっている地域もある。そういう命の数は計算に入っていないんです。

 その点日本はどうか。人口は1億数千万人で、年間殺処分数は、今や3万頭を切るほど少ないんです。アニマルポリスもそこまで厳しい法律もない中で、ここまで達成できる日本って、すごい、って思いませんか。もし日本でも欧米なみの法制度やしくみを整備したら、あっというまに全国殺処分ゼロなんて達成できるんじゃないか。もう少しだ、というところまで来ている。そう思います」

太田快作
「日本はもう少しだ、というところまで来ている」

誰もが動物と暮らせる社会を迎えるために

 今の日本の動物愛護活動は圧倒的に民間の力に負うところが大きい、と太田先生は実感している。

「町の動物病院で、野良犬・野良猫を診たがらないところはあります。気持ちはわからなくもない。感染症や寄生虫のリスクもあるし、今預かっている患者さんのことを考えたら、リスクは回避したい。飼い主がいないと、お金にもならない。人に馴れてないから扱うのも一苦労。でも、獣医師である以上、診療を希望されたら正当な理由なしに拒否してはならない。それは獣医師法で決められているはずなんですけどね」

 コロナ禍が始まる前。福島県の被災動物の避妊手術のために、何度も都内と現地を往復した。

「車や新幹線で通うんですけど、途中には何百件という動物病院がある。その上や横を通り過ぎているんだろうなと思うとき『こんなに動物病院があるのに、どうして東京の獣医師が福島の保護犬・保護猫の避妊去勢手術をしに行くんだろう』って思ったこともありますよ。そんなに難しいことじゃない。獣医師なら誰でもできる手術なのに」

 今後、不幸な命を減らしていくにはどうしたらよいのか。この映画をきっかけに、何か変わるだろうか。

「とても丁寧に、動物愛護を取り巻く現状を描いた映画だと思います。ちょっとぜいたくに盛り込み過ぎかな、と思うぐらい(笑)。その全部が伝わらなくてもいい。どこかひとつでも、命について考えるきっかけになれば。動物を飼ってみようとか、せっかく飼うなら保護動物も考えてみようとか。飼えない事情がある人は、保護団体に寄付、でもいいと思うんです。まだまだ仕組み作りの上でも課題は多いけれど、まずは一般の方に考えてもらうきっかけになれば。そう願っています」

ハナ動物病院
太田先生の動物病院「ハナ動物病院」の軒先にかざられていた、七夕の笹飾り。先生やスタッフが手作りした短冊には「早く殺処分ゼロになりますように」。そして今は亡き花子から、として「パパ(太田さん)が幸せになりますように」

『犬部!』
2021年7月22日(木・祝)全国ロードショー
監督:篠原哲雄 脚本:山田あかね 原案:片野ゆか「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)
出演:林遣都、中川大志、大原櫻子、浅香航大ほか
配給:KADOKAWA
『犬部!』公式ホームページ
(c)2021『犬部!』製作委員会

(写真:中西真基)

〈訂正して、おわびします〉
 7月22日に公開したこの記事で、「現在、日本の大学の獣医学部では犬や猫の生体による実習は行われていない」としましたが、「北里大学では2018年に生体を使った外科実習を廃止」と27日に訂正しました。記事を読んだ方からの指摘を受け、「現在、日本の大学の獣医学部では犬や猫の生体による実習は行われていない」ことが事実か確認をしましたが、確認ができませんでした。取材時の内容を取り違えて執筆し、確認が不十分なまま記事を公開しました。訂正し、おわびします。(sippo編集部)

浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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この特集について
映画『犬部!』特集
行き場のない犬や猫を救うために立ち上がった、現役の獣医科大学生たちの奮闘を描く映画『犬部!』が、7月22日に劇場公開! この特集ではキャストの林遣都さん、中川大志さんのインタビューなど、関連記事をお届けします。
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