犬を迎え、キャリアウーマンの生活激変 家に直帰、母とも良好に

   仕事一筋だったシングル女性が半年前、50代半ばで初めて犬を迎えた。あたふたしながらも、夢中になり、自分のことより犬のことを最優先する生活。そこには今までとは違う人生の楽しみがあった。

(末尾に写真特集があります)

   東京都足立区のマンション。井上さんは自宅近くのバス停まで愛犬「うるる」(雑種のメス、推定2歳)と迎えにきてくれた。うるるは井上さんにおとなしく抱かれて、エレベーターで8階まであがる。部屋に入ると、リビングにごろ~んと横たわった。

  井上さんは外資系企業でバリバリ働く独身キャリアウーマン。30歳を過ぎて実家を出た時から「いつかは犬と暮らしたい」と思っていたが、なかなか決心がつかなかったという。井上さんにとって、うるるは人生初の飼い犬だ。

「仕事が忙しくて、オフになれば、ラズベガスでショーを見たり、メキシコなどの海で泳いだり、海外旅行にしょっちゅう行っていました。でも何年か後になってから犬を飼うと、老老介護になるかな? と思うようになって……」

5月、沖縄から羽田に到着した直後のうるる「ここどこ?」
5月、沖縄から羽田に到着した直後のうるる「ここどこ?」

沖縄から来た犬を紹介された

 その思いを行きつけの美容室で話したら、「可愛い犬がいる」と紹介された。美容師の娘が動物のボランティアをしていたのだ。

「中学の頃から髪を切ってもらっていて、親戚のような関係でした。私の性格や生活を知った上で、うるるを紹介してくれたのだと思います。うるるは、沖縄の愛護センターから殺処分寸前に引き出され、空輸されて来たおとな(当時推定1歳半)の犬。飼い犬だったようで、『手がかからないし、旅行中は預かる』と背中を押されました」

 美容室で見合いをして覚悟を決め、半年前、うるるを迎えた。だが、ふたを開けると、驚きの連続だった。

 2LDKのマンションで自由にさせて仕事に出かけると、リビングの絨毯を嚙んで、おしっこして、クッションを引きちぎり、カーテンも破っていた。帰宅すると、羽毛枕から羽がふわっふわと部屋中を舞っていたこともあるという。「まるでファンタジーの世界でした(笑)」

 それ以来、枕や布団をおいた部屋のドアを閉めて出かけるようにした。オーダーメイドの絨毯は処分した。

「最初はコラッて怒ったけど、その場で言わないとわからないようだし、互いに歩み寄らないといけないなと思いました。嚙まれたくないものはしまえばいい、おしっこするなら取り換えやすいマットにすればいい……そう思ったら楽になりましたね」

 環境的な問題にはすぐ対応できたが、嘔吐など体調の変化には右往左往した。そのたびに慌ててボランティアに連絡して、「大丈夫よ」といわれても、病院に駆け込んだ。

「子育て経験はないけど、最初の子には気を揉むといいますね。犬の世話をするうちに、私も健康的な生活になりました。仕事が終わると、帰って散歩。朝も早起きして散歩。前は仕事帰りにお酒を飲んだけど、今は散歩優先。親しい人には『一度帰るので近所飲みは?』と聞くことも。みんな、変化にびっくり(笑)。好きだった旅行も封印中なので」

ボランティア宅にいた時、まだ華奢でした
ボランティア宅にいた時、まだ華奢でした

母親まで犬に夢中に

 80代の母親との関係にも変化が起こった。以前は井上さんが実家に月に何度か帰っていたが、「犬を飼った」と母親に告げると、「大丈夫なの?」と言い、今では母の方がマンションによくやって来るようになった。

「娘より、犬会いたさ(笑)。でも、週1度、私が仕事の日に様子を見に来てくれるようになって助かっています。母も情熱を注ぐ対象を見つけた感じ。自転車で20分かけてやって来て、うるると過ごしながら、お昼を食べたり、テレビを見たり、うるるが破ったクッションを縫ったり……そんな時間が楽しそう。孫のように可愛がってくれて、母と私との間も深まりました」

井上さんと。半年で体も(むっちり)大きくなりました
井上さんと。半年で体も(むっちり)大きくなりました

突然逃げ出し、大捜索

 順調に家になじんだうるるだったが、先月、事件が起きた。散歩中に脱走してしまったのだ。

「私の帰りが遅くなりそうだったので、夕方の散歩を母に頼んだのです。前に何度か行っていて、母も慣れていたので。そうしたら、公園の辺りで、下校途中の小学生に囲まれて……」

 うるるが驚いた時、首輪が抜けて、さらに小学生たちが「捕まえてあげる」と追い回したために、パニックになって遠くに走っていってしまった。

「『逃げちゃった』と母からLINEが来て、電話をすると錯乱状態。私は用事を早めに済ませて夜6時ごろ家に戻りました。ボランティアさんに連絡すると、すぐに来てくれて、4時間くらい捜したけど見つからない。ショックを受けた母をひとまず家に帰しました」

 ボランティアが犬脱走についてSNSなどに書き込みをして、犬仲間に連絡してくれた。すると「見かけた」という情報が少しずつ入り始めた。井上さんはボランティアとともに夜中まで捜し、翌日も朝5時から捜索した。

 6時ごろ、公園でマンション住民と話していると、うるるがタッタッタと通った。後を追ったが、逃げられた。捜して歩いていると、犬仲間が『ここだよ』と手を振って知らせてくれた。井上さんは近づいておやつを差し出し、うるるを抱きとめた。

お母さんとも仲良し!
お母さんとも仲良し!

 逃走15時間。ボランティアや近所の犬友、親戚など、一緒に捜してくれた人たちが無事発見を喜んだ。井上さんは人の温かさにあらためて気づき、感謝したそうだ。

「母に連絡すると、『本当にうるる?』と泣いて喜び、すぐにやってきて対面しました。うるるは疲れたのか、家でその後、ぐっすり寝ていました」

 今では散歩時はハーネスを着けて、脱走に気をつけているそうだ。

「犬との暮らしは思わぬことが起こる。でも想像以上に楽しくもあり、たくさんのことを学ばせてもらっています。海外旅行? もう行き尽くしたかな(笑)。年末年始はうるるや母と、家でゆったり過ごしたいんです」

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
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