福島の山を放浪していた秋田犬 鎌倉の優しい家族に出会う
ブームでもてはやされる秋田犬もいれば、捨てられる秋田犬もいる。福島の山を放浪していた若い秋田犬が保護され、遠く離れた鎌倉で新しい生活を始めた。迎え入れたのは、大型犬を失ったばかりの家族。その秋田犬に会いに行ってみた。
神奈川県鎌倉市の閑静な住宅街。大きな門をくぐって家に入ると、玄関のたたきにモフモフの大きな秋田犬が座っていた。
「大きいでしょ? 勘三郎です」
飼い主の和田真理子さん(68)が頭をなでる。勘三郎は推定1歳半~2歳。人の年齢に換算すると、10代の若者だという。今年8月に家にやって来たばかりだ。
「2カ月経って落ちつきましたが、最初は人の前ではごはんを食べないし、触ろうとすると逃げる。用心深く気配をさっと消したりするので、『君は猫?』なんて言ったほど。もしかしたら、この子の“体験”に由来するのかもしれません」
人を恐れて逃げる犬
勘三郎は昨年秋、福島県内の山をうろうろしていて、飯館村の保護施設のスタッフに捕獲された。近づくと逃げてしまうため、捕獲に1カ月近くかかったそうだ。それまでは外の猫用に置かれたフードを失敬して生きてきたらしい。
「捕まえた時は生後半年くらいで、ブリーダーに遺棄されたようだと聞きました。秋田犬としては、どうやら足が長すぎ、繁殖には向いてないらしくて…。最近は県外からも福島に犬を捨てに来る人がいるらしいですね、嘆かわしいことです」
トリマーがつないだ縁
実は和田家では、今年6月初め、14年間一緒に暮らした黒いラブラドール・レトリバーの小次郎を亡くしていた。懸命に介護をして、最後は腕の中で看取った。
かかりつけだったペットサロンのトリマーに知らせると、しばらくして「もう犬を飼う気はありませんか、秋田犬のよい子がいて」と連絡があった。
トリマーは東日本大震災の後、福島に取り残された犬のシャンプーやカットをするボランティア活動に通っていた。その際、若い秋田犬が保護されていることを知ったのだ。
「うちは犬が絶えたことがないし、夫も息子も寂しい思いをしていたのは確か。『いつかまた』なんて家族で話していましたが、まさかこんなにすぐとは。でも夫と息子に話したら、『一緒に見に行こう』と乗り気で。8月に家族3人で会いに行きました」
面会した秋田犬の成犬は予想以上に大きかったが、家族みんなが気にいった。その4日後には、さっそくトライアル開始となった。
鎌倉に来てすぐにシャンプーをしてもらい、動物病院で検査をしてもらってから、家にやって来た。トリマーや現地のボランティアが大名行列のようにぞろぞろと勘三郎の後について歩いたそうだ。
真理子さんが振り返る。
「主人なんて、当日、学生時代の仲間との飲み会をパスしたくらい。名前はどうするとか、メールで仲間とやりとりしていましたよ。結局、名前は私が決めましたけど(笑)。最初のラブが金太郎で、次が小次郎だったので、“三郎”をつけたいなと思って。目の周りの模様が熊取みたいなので、歌舞伎役者の名をつけたんです」
エンジン音に過剰に反応
和田家では、リードを長くして庭に繋いで飼うことも考えたが、身体能力が高い犬なので、庭では脱走を防止するのは難しいと判断し、室内飼いにした。
それでも初日の深夜、ちょっとしたアクシデントが起きた。家の外で車のエンジン音がして、勘三郎が突然吠えて、廊下を走りだしたのだ。
「外にいたら興奮して塀を越えたかもしれません。車で嫌な思いをしたんじゃないかしら。車で捨てられたり、車で追われたり…。この子を大事にしたいという思いがわきあがりましたね」
勘三郎は、数日間は身を隠すようにしていたが、だんだんと室内での行動範囲を広め、居間の様子を廊下からじーっとのぞくようになった。毎日様子を見ながら少しずつ部屋の中に入るようになり、1カ月半もすると、ごろんと畳に転がって、お腹を見せるようになった。
「施設ではボランティアさんに散歩に連れていってもらっていたようです。そこで人との信頼を育めたせいか、家族に馴れるのは早かったですね。ただ、しつけはまだまだ。やっと人前で食事をとれるようになってきたんです」
普通はおやつなどを使ってしつけをするが、手渡しのおやつにはまだ反応しないため、「お座り」や「伏せ」を覚えるのは、少し時間がかかりそうだ。それでも真理子さんは、慌てないでゆっくり心の距離を締めたいと話す。
「家に来て顔つきも変わりました。きっとこれからもどんどん変わると思う」
勘三郎は散歩にも慣れて、鎌倉山や江の島のほうにも足を延ばすそうだ。土日は夫や息子が「俺が行く!」と、一緒に散歩することを楽しみにしている。
「犬の友達も少しずつ増えてきました。勘ちゃん、山の中の方が良かったとか言わないでよね(笑)」
真理子さんの呼びかけに、大きな耳がピクッと動いた。
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