一声でとんでくる愛犬 棋士の親も一目置く、娘と犬との関係
可愛がっていた犬を不慮の事故でなくした。その後、子どもたちは「保護犬を迎えたい」と言い出した。引き取った犬は家族の誰より娘と仲良くなった。
千葉市の幕張ベイタウンのマンションに、囲碁棋士の岡田伸一郎さん(52)の自宅はある。妻の結美子さん(49)も棋士。長男、次女、そして雑種犬「カール」(オス、1歳半)、三毛猫の「マリン」(メス、4歳)、キジ三毛の「ココ」(メス、1歳)と暮らす大家族だ。
特に犬のカールは、次女のせいらさん(18)が大好きで、信頼し切っている。
「寝る時も一緒。私の上にカールが乗って。その上、ココが乗ると重くて(笑)。でも、とても癒やされます」
初めての犬との出会い
カールは岡田家にとって“3匹目”の犬だ。その前、最初に飼った犬は、きょうだいのミニチュアダックスフントのミックスだった。
2匹との出会いは、今から8年前、2011年のこと。家族で旅行した時、房総の勝浦市で岬の公園を訪れると、捨てられたのか何匹かの小型犬がいた。岡田さんが当時を振り返る。
「子どもたちは欲しがったけれど、宿も取っていたので、『明日も同じ所にいたらね』と諭しました。でも、翌日訪れたら、姿がなくて。あきらめて車を走らせかけたら、2匹が道を歩いているのを見つけて……」
一家は2匹を保護し、動物病院に立ち寄って診察してもらった。落とし物として警察に届けを出し、保健所にも連絡した。警察からは、周辺でほかにも犬が保護されており、「ブリーダーが捨てたのではないか」と言われたという。推定1歳だった2匹に、「レオ」「コロン」と名前を付けて、家で預かることにした。
小学4年生だったせいらさんは、初めてのペットが可愛くてしかたなくて、学校から早く帰宅するようになった。
だが、2匹を家に迎えて9カ月、レオが交通事故にあった。岡田さん夫妻が、親戚が残した千葉市内の空き家を訪ねた時だった。「犬を連れて行ったら、レオが脱走して、車にはねられてしまって……」。あえなくレオは命を落とした。
その4年後、その空き家の庭で生まれた猫「マリン」を家に迎えた。1匹になっていたコロンは嬉しかったのか、猫のしぐさを真似て、ぴょんとテーブルに乗るようになった。
「ママ、保護犬を迎えたい」
せいらさんが高校2年の秋、今度はコロンとの別れが待ち受けていた。
母の結美子さんがひとりで家にいた時、目を離したすきにコロンがカウンターを飛び越え、フライパンにあったチャーハンを食べて、喉に詰まらせてしまったのだ。急いで病院に連れて行ったが、間に合わなかった。
子どもたちは号泣した。その姿に、愛犬を守れなかった結美子さんは「親として十字架を背負った」と感じたそうだ。
悲しみのいえぬ中、せいらさんと弟がこう提案した。
「ママ、また犬が欲しい。買うのでなく、保護犬を迎えたい」
最初に暮らしたレオとコロンが捨て犬だったからこそ芽生えた感情だろう。その思いに応えようと、結美子さんは子どもたちとインターネットで譲渡情報を調べた。千葉・館山で保護された外飼いの柴犬が生んだ子犬が見つかり、保護主宅に会いに行った。コロンがいなくなってから1カ月後だった。
岡田さんは「猫とうまくやれること」のほか、「あまり鳴かないこと」という条件を出した。
「棋士なので対局の前日に鳴かれると、寝不足で影響を受けてしまう。だから、『初対面で鳴いたらNGだよ』と言っていたんです。そうしたらカールは一切鳴かなかった」
塾にいる娘にSOS
こうしてカールは岡田家に迎えられた。おとなしい犬のはずだったが、靴をかんだり、碁盤をかんだり、日ごとにやんちゃな面を見せ始めた。
ある晩、結美子さんが近所の公園を散歩させていると、ハーネスをすり抜けてしまい、あたりを駆け回った。夫や息子を呼んで3人で捕まえようとしたが、無理だった。
「カールは娘にいちばん懐いているので、塾の時間でしたが、塾に電話したんです。ここは勉強より犬のレスキューだ、と」
連絡を受けたせいらさんは、急いで塾から公園に直行。暗闇の中で「カール」と大きな声で呼んだ。すると、カールはまっすぐに胸に飛び込んできたという。
「おやつ狙いよ」と、せいらさんは笑う。だが、岡田さん夫婦は感心しきりだ。
「娘とカールの関係はすごく強い。いちおう僕がしつけ担当ですが、叱ってばかりもだめだなって思いました」
カールが家に来てから5カ月後、また空き家の庭で子猫ココが見つかった。それで猫が増え、今の犬1匹と猫2匹に落ち着いた。一番古株のマリンは、犬のカールも子猫のココも受け入れ、3匹の関係は良好だ。
ココと名付けたのはせいらさん。「ここにいて」という願いを込めたのだという。
「今いる子たちを末永く大事にしたい」
それが家族みんなの願いだ。
(撮影=小林郁人)
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