自宅前で拾った小さな猫 その出会いがその後の人生を変えた

   時として、人生を変えるような出来事が起きることがある。女性にとっては、自宅の前で小さな猫を拾ったことが始まりだった。運命的に出会った猫と一緒に暮らし、その猫ががんで逝き、同じようにがんで母を失った。そんな生活をへて、人生観が変化したという。

(末尾に写真特集があります)

   東京都杉並区にある一戸建て住宅。イラストレーター(紙版画家)の坂本千明さんは夫と2匹の猫と暮らしている。自宅を訪ねると、小柄な黒猫がグイグイ近づいてきた。

「この子が『墨(すみ)』。子猫みたいだけど、もう7歳。さっきまで『煤(すす)』もいたんですが、お客さんの気配を察して2階に避難しました(笑)。姉妹でも性格や大きさが違うんですよね」

墨(左)と煤 〔提供写真)
墨(左)と煤 〔提供写真)

猫との出会いに憧れ

 すくすくと育った2匹は、坂本さんにとって2代目の猫だ。

   最初に飼った猫は「楳(うめ)」。10年前の1月、冷たい雨が降る朝に出会った。

「以前住んでいたマンションで、早起きしてゴミ出しに下りたら、集合ポストの下に小さな白黒の猫がうずくまっていたんです」

   子猫だと思って、バスタオルでくるんで病院に連れて行くと、1歳を越えたガリガリにやせたメス猫だった。

 坂本さんは子どもの頃は家で犬を飼い、結婚後は夫が動物に関心がなかったため、猫と無縁の生活だった。だが、それまで密かに猫を飼うことに憧れていたのだという。

「大島弓子さんの『グーグーだって猫である』を、猫飼いになったつもりで読んでいて、行き倒れの猫を見つけたら保護するものとすりこまれ(笑)。『ついにその時が来た』と思いましたね。夫の手前、SNSで家族を募集してみたけど反応がなく……3日も経つと、情がわいて、そのまま飼うことにしました。版画を刷る時も邪魔をしない、すごく静かな子でした」

「退屈をあげる」のモデルになった楳(提供写真)
「退屈をあげる」のモデルになった楳(提供写真)

元気だった猫が病気に

 楳はたくさん食べてふっくら元気になったが、翌年、胸にしこりができた。乳がんだとわかり切除手術を受けたが、1年後に再発してしまった。

   楳は抗がん剤で食欲が減り、病院通いもストレスになると坂本さんは考え、再発後は負担の少ない自然療法を施すことにした。ケアを続けながら、今の戸建てに引っ越してきた。

「引っ越した後、近所に猫のきょうだいが捨てられているとツイッターで読んで、気になって保護主さんに連絡したんです」

   そのきょうだい猫はすでに家族が見つかっていたが、「ほかにも子猫がたくさんいる」と聞き、ボランティア団体が世話する子猫たちを見にいくことにした。

「闘病する猫がいるのに新たに猫を迎えたいというのは、人間側のエゴですけど。でも楳のためにももう1匹いた方がいいのかな、とも思って……。ところが、いざお見合いをしにいくと、先々また猫を迎えるのならマッチングの問題もあるし、“初めからきょうだい(姉妹)2匹で育てると楽ですよ”とボランティアさんにすすめられました」

 こうして小さな墨と煤のきょうだいを迎えた。楳は子猫たちが遊ぶ様子を少し離れた場所で見ていたという。

   子猫たちを迎えた半年後、楳は旅立った。獣医師から聞かされた余命を3カ月ほど越えていた。4カ月後、坂本さんは楳をモデルに『退屈をあげる』という紙版画の連作を制作し、翌年それを「本」にした。

子猫の頃の煤(手前)と墨 (提供写真)
子猫の頃の煤(手前)と墨 (提供写真)

がんになった母のもとへ通う

「楳と一緒にいたのは、わずか4年。ふつうは十数年かけて経験することを短期間で経験させてもらった気がします……。実は楳ががんになった後で、青森の実家の母ががんになったんです。在宅治療でしたが、抗がん剤を打つと具合が悪くなるので、夫に猫の面倒を見てもらいながら、母の介護に通いました」

   それはまるで、楳で経験したことを「もう一度なぞるような日々だった」という。

「母が腫瘍をとった時、ぬか喜びはできないぞと思ったし、病院とのやりとりでも“あ、これ知ってる”という感じでした。楳がその後の道をしるしてくれた気がするんです」

 母の治療に合わせ、青森の実家に月の半分近く滞在することもあった。坂本さんはその間、実家の近くに現れる猫を可愛がったという。

「夫は私がいない間に猫と仲良くなったけど、私は完全に猫ロス(笑)。だから、実家の庭で野良猫を見かけると、ごはんをあげたりしていました。自由に外に出す飼い主さんもいたんですよね。でもある時、一度事故にあって半身付随の子が行方不明になって……。猫は絶対に室内飼いをすべきだと痛感して、『ねこの室内飼いのススメ』というイラスト入りフリーペーパーを作りました」

坂本さんに抱かれる墨
坂本さんに抱かれる墨

ずっと猫にかかわっていきたい

   青森で出会った1匹の野良猫を、地元の保護団体に借りた捕獲器で保護した。

「その猫は人馴れ訓練をして、新幹線で東京に連れて来ました。シノビという猫で、今は譲渡先で幸せに暮らしていますよ。思えば、私の人生は途中から猫なしでは考えられなくなり(笑)、描く絵も猫が多くなって、チャリティーなどの活動も増えました」

 病気の猫を世話して見送り、あっという間に大きくなる子猫と暮らし、保護した野良猫が人に心を開いてくれることも知った。闘病していた母も送った。そんな経験をへて、「時間は有限、やりたいことをやろう」と思うようになったという。

「明日はどうなるか分からない。若い時、ペット不可だからとか、夫が苦手だからとか猫を迎えなかったのは、もったいなかったな。この先、年齢的には何匹も飼うのは難しいでしょう。でも保護猫を一時的に預かったり、ミルクボランティアをしたり、私にもできることがあるかもしれない。これからも、いろいろな形で猫と関わっていきたいと思っています」

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坂本千明さんのインスタグラム
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藤村かおり
ペットライター。小説等の創作活動を経て90年代後半から、ペットの取材を手掛ける。2011年~2017年週刊朝日記者、2017年からsippoメインライター。丹念な取材と独自の目線から、動物と人の絆、動物と共に生きる人の心をすくい取る記事に定評がある。ペット関連の著書に『長寿猫』『明日にアクセス』など。現在は保護した黒猫、キジ猫と暮らす。

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