猫と暮らす日々 その手の感触がリアルな羊毛フェルトを生む

   本物のように生き生きとした羊毛フェルトの猫。その作家はやはり猫飼いだった。先代猫を見送った後、ほぼ同時に3匹の猫を家に迎えていた。どの子も順風満帆というわけではないが、猫たちとの触れ合いが作品にも生きているようだ。

(末尾に写真特集があります)

   東京都内のマンションを訪ねると、柔らかな陽が差し込むリビングで、2匹の猫と吉井たまこさんが迎えてくれた。

「灰白柄の子が南天、白い毛が多い子が福。もう1匹、オスの蘭丸もいますが、ビビりで寝室に逃げてしまいました」

 南天と福は、5歳の姉妹猫。人見知りするそぶりもなく、南天はソファで寝て、福は床で毛繕いしている。吉井さんは4年前、当時1歳だった2匹を家に迎えた。もう1匹の蘭丸を迎えたのは、その2日前だった。

手前から福、南天、蘭丸 (提供写真)
手前から福、南天、蘭丸 (提供写真)

   1年前に21歳直前で先代の猫を見送り、その間は夫婦だけの生活だった。

「寂しくて、柔らかな感触が恋しくて……。夫と『ゆたぽん』(レンジで温める湯たんぽ)にモフモフのカバーをつけて触っていました。看取って半年くらいすぎてから、いろいろな所で猫を探していたら、一気に縁がやって来ました」

 姉妹の猫は保護団体の譲渡会で夫が気に入り、蘭丸は吉井さんがペットサイトで見そめた。3匹が家にやって来るタイミングが重なっても、「繊細なケアが必要な子猫ではないし、年齢も近いので大丈夫だろう」と思っていたという。

   だが、そう簡単なことではなかった。

少しシャイな蘭丸、後ろは羊毛フェルト猫(提供写真)
少しシャイな蘭丸、後ろは羊毛フェルト猫(提供写真)

膝カックンとゲーゲーの猫

 姉妹猫を迎えると、すぐに福の歩き方がおかしいのに気がついた。動物病院で診てもらうと、膝の関節が外れやすいようだった。南天も少し膝がゆるかった。

「雑種では珍しい症状のようですが、症状の重い福は診断が下るまでケージで少し様子を見ることになりました。一方、蘭丸のほうは、家に来ると、よく嘔吐をしました。保護主さんのところでは問題がなかったようなので、責任を感じましたね。環境とか季節と吐く理由はいろいろあるようですが、調べるとアレルギーも見つかりました」

 頻繁に吐くと、その刺激で食道炎になったり、体重が減りやすくなったりするため、獣医師に“縦抱き”をすすめられたという。食べ物が食道を通過するのに15分ほどかかる。その間、抱っこして、食べた物を胃に収めるといいのだという。

「だから食事後は蘭丸を縦に抱きます。そうすると、福がケージから“出して、出して”と騒ぐので、両手で猫を抱くこともありました。片やゲーゲー、片や膝カックン。最初ははらはらして目が離せませんでしたね。病院へ行く機会も多いので、感染症か何かをもらい、猫全員で吐いたこともありました……」

 結局、福は家に来て3カ月ほどしてから、膝にボルトをいれて固定する手術を受けた。今は安定したためボルトも抜け、普通に歩いて、ぴょんと身軽に跳び降りることもできる。

   一方、蘭丸は食べるたびに縦に抱き、穀物フリーなどの体質にあったフードにすることで、吐く回数が減っていった。

「先代猫は晩年まで手がかからなかったので、『猫ってこんなに大変なの?』とあらためて思いました。猫の体質もいろいろなんですよね。今の子たちから学びました」

吉井さんと遊ぶ福。今は膝も大丈夫
吉井さんと遊ぶ福。今は膝も大丈夫

看病の間に始めた気分転換の趣味

 今や羊毛フェルトなどの猫の作家「猫ラボ」として人気の吉井さんだが、作品作りはすべて自己流で、最初は気分転換の趣味で始めたのだという。

「先代猫の『たれ』ちゃんが18歳で腎不全の症状が表れ、その後に糖尿病になり……。朝晩の補液、血糖値測定と、それに合わせてインシュリンを投与。神経を張って、ずーっと家で世話していたんです。それで気分転換に裁縫でもしようかなって思って、100均にあるような、お花やハートの簡単なモチーフのフェルトキットを買ってみたのが最初です」

 吉井さんはもともと手作業が得意だった。マニュアル付きの簡単な羊毛フェルトキットをあっという間に仕上げてしまうと、「猫を作ろうかな」と思い立ち、羊毛のかたまりを買って試してみたという。

「羊毛フェルトは特殊な針でつんつん刺して形を作っていくのですが、その作業がすごく楽しくてハマりました。作品をブログに載せたら面白いと言ってもらえて、2012年の秋にデザインフェスタに出品したら、手応えを感じましたね」

   作品は手のひらにのるサイズが中心。表情やしぐさが生き生きとしていてリアルだ。ネットを通じて評判が広がり、多くの猫好きと繫がったという。有名な「くまお」や「どんこ」、「ポチ」などをモデルにすることもあれば、どこにでもいる架空の猫を作ることもある。もちろん愛猫も作る。いずれも特徴は、表情豊かな目だ。

先代猫サビ柄たれちゃん&そっくりな羊毛フェルト猫(提供写真)
先代猫サビ柄たれちゃん&そっくりな羊毛フェルト猫(提供写真)

手が猫の形を覚えている

「ぴったりな目のパーツがなくて苦労しました。犬と違って、猫って目の色も瞳孔の大きさもいろいろでしょ。そういう目のパーツが売ってないので、半球型のガラスの裏から自分で色付けしました。どこから見ても目がちらっと合うようにできています」

 吉井さんは猫のフォルムを学ぶのに粘土を使っているが、最近は羊毛フェルトだけでなく作品として粘土の猫も手がけるようになった。

「長年愛猫を触れ合ってきたので、骨格や形を理解できているんですね。逆に犬はまったく作れない(笑)。猫が大好きでともに時間を過ごしている、その賜物ですね」

 そう言って、福と南天を優しくなでた。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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