畑で一番弱虫だった野良猫 保護主恋しさに譲渡先でハンスト
「チャーハン」は、畑で暮らしていた、文字通りの野良猫。いつもボス猫に追っかけられては、畑の主に救ってもらっていた。ある夏の日、そんなチャーハンが暑さに倒れる。畑の主はチャーハンを保護して、譲渡先に送り出した……。だが、それで話は終わらなかった。
畑に棲み着いた猫
神奈川県の辻堂で暮らす友さんは、農業をしたくて10年前に転職し、郊外の畑で野菜を作っている。妻のひかりさんの仕事は、建築設計である。
友さんが車で毎日通う、あたり一面畑のその場所には、いろいろな猫が棲みついている。いつしか1匹の黒猫が友さんになつき、餌を食べに来るようになった。その黒猫にコソコソとついてきて、お余りの餌を食べていく茶白の猫がやって来るようになったのは、3年前のこと。茶と白と半々の毛色なので、「チャーハン」と名づけられた。
彼は“はたけ猫”の中では、ひときわ大柄だった。そして、いちばんの平和主義者、つまり、いちばんの弱虫だった。
ボス猫に追いかけられては、必死に逃げ回る。高い木のてっぺんに追い詰められて下りられなくなっているのを助けてやったりしているうちに、どんどん友さんに心を許すようになった。友さんがそばにいると、農具小屋の野菜入れケースの中でお腹を出してくつろぐのが日課となった。だが、ノラ気質が抜けきれず、なでようとするとビビって「シャー」というのだ。
「雨の日に行っても、夜中に行っても、草むらに身を潜めて僕の車を待っている。どうも、ボスが怖くて、僕がいるときしか眠ってないようでした」
熱中症で倒れる
毎日畑から「今日のチャーハン」と写メールを送ってくる夫に、ひかりさんは、しっかり釘を刺した。「絶対に家に連れ帰ってはいけません!」
友さんは、これまで、人馴れしている猫や子猫など何匹も“はたけ猫”を保護しては、近隣の保護猫カフェの協力で家を見つけてもらった。だが、緊急保護の猫が、すでに家には4匹もいる。5匹は多すぎる。
もう少しさわれるようになったら、おうちを見つけてやろう。そう思っていた矢先の去年7月。パタッと目の前でチャーハンが倒れた。獣医さんに担ぎ込むと「熱中症」の診断。諸検査は異常なしだった。
夏の畑にはもう戻せないと、「譲渡先が見つかるまで」の条件で、家に連れ帰った。大好きな父さんと夜も一緒のうれしさに、チャーハンは、よく食べ、よく寝、ますます大猫となった。
ひと目惚れされて
SNS上で「譲渡先募集中」のチャーハンに、ひとめ惚れしたのは、鎌倉市に住む久美子さんである。
「畑で寝ている姿や保護主さんにフミフミしている姿、ちょっとおデブなところにも、ハートを射抜かれてしまいました」
お見合いの日に見たのは、無理やり連れてこられて暴れて逃げる後ろ姿だけ。それでも、「やっぱりこの子と暮らしたい」と思った。
トライアルを開始するや、チャーハンはすぐにタンスの裏に引きこもった。久美子さんは、そばにお水と餌とトイレを置いて、自分から出てくるのを気長に待つことにした。トライアルで籠城はつきもの。お腹がすけば必ず食べ始めると聞いていた。
何日もハンスト続く
だが、チャーハンは、そこで固まったまま、餌にも水にも口をつけない。2日経っても、3日経っても、4日経っても。友さん夫妻に連絡すると、「チャーハンは食いだめしてるから、1週間くらい食べなくたって大丈夫」と言う。
「食いしん坊だから何でも食べる」と聞いてはいた。とりわけ好きだった食べ物も聞き、あれこれ置いても食べない。お水だけは、少し飲んでいるようだ。おしっこは、押し入れの奥で、一度だけした。
5日、6日、7日、8日、9日……。さすがに久美子さんは「これでは餓死してしまう」と、耐えきれなくなり、戻すことに決めた。やっと都合がつき、友さんが駆けつけたのは、トライアル入り12日目の夜だった。この間、チャーハンは、少しの水以外、何も口にしていない。寝姿も見せていない。
タンスの裏のチャーハンに、友さんは呼びかけた。
「チャーハン」
「あ、あ、(父さんが来てくれた)」と夢を見ているかのような目が、友さんを見上げた。
「家に帰ろう」
チャーハンは、久しぶりに友さんに抱き上げられ、おとなしくケージに入った。ギュウギュウで送りだしたときに比べ、ケージ内の空間には余裕ができていた。
家に帰ったチャーハンは、何事もなかったかのように、よく食べ、よく寝、よく甘えた。たちまち、今まで以上の大猫になった。
「もうどこにもやらない」
チャーハンには幸い、健康にダメージはなかったが、じつは、猫にとって絶食は、たった3日でもとても危険なことなのだった。太った猫に多いのだが、3日~7日くらい食べないと、脂肪が沈着して肝臓に決定的なダメージを与えてしまう「肝リピドーシス」を発症しやすい。「太っているから大丈夫」は、とんでもなかったのである。
そのことを、チャーハンの出戻り後に、友さん夫妻も久美子さんも初めて知って、ぞっとし、胸をなでおろした。ただ、たいていの猫は、籠城してもご飯は食べる。チャーハンは、ほんとうに命を懸けて抵抗していたのだった。
「そんなにまでうちの子でいたかったのなら、ずっと愛してやりたい。もうどこにもやらない」と、友さんとひかりさんは思っている。
チャーハンに去られ、心がぽっきり折れてしまった久美子さんには、ほどなく「保護猫の一時預かりをしてみない?」と声がかかる。聞けば、1週間ほど路上で通る人通る人に鳴きながら擦り寄っていたところを母娘に保護された、10歳くらいのオスの黒猫に当座の行き場がないという。猫エイズのキャリアのため、他の猫とは離したいとのことだった。
黒猫が苦手な息子が「預かりならいいよ」というので、引き受けることにした。その猫は、やってきた日からご飯をペロリと平らげ、「ここに来てうれしい」とばかり甘えまくる。帰宅時には熱烈歓迎してくれる。久美子さんの心はとろけた。
「息子も『かわいい、かわいい』というので、即、もらうことに決めました。黒猫『くろず』は今では、私の生きがい。息子と取り合いです」
かくして、2匹の猫はそれぞれに一途を通し、「我が家族」を得た。めでたしめでたし。
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