大けがをした丸耳の猫「ミッキー」 治療を続けた施設職員の家へ
収容した犬猫を殺処分する施設。保健所や動物愛護センターはそんなイメージをもたれることが多い。だが、そんな施設で、悩みながら努力を続ける職員に出会った。
「うわぁ、ひどいですね! その子、どうしたんですか?」
この日も収容された猫たちを引き出すため、その行政施設を訪ねた。そこで見かけた1匹の猫があまりにもひどいけがだったため、治療にあたっていた施設の職員に尋ねた。
「たぶん電車にひかれて、引きずられてしまったんだと思います。収容時には眼球が飛び出していて、前脚も片方ちぎれていたので、眼球摘出の手術と片脚断脚の手術をしました。一番ひどかったのは背中の傷で、ほとんど皮膚がない状態でした」
治療を続けながら、職員は猫に「ちゅーる」を与えた。
「『ちゅーる』をあげながら治療するんですか?」
殺処分を行う行政施設という殺伐とした場所と、大人気の猫のおやつの「ちゅーる」のギャップがおかしかった。
「ただ治療をすると、怒るんですけど、『ちゅーる』をあげながらだと、痛い治療にも耐えてくれるんですよ、『ミッキー』は」
職員は笑いながら、そう答えた。
その猫は、電車にひききずられたためか、耳が丸くすり減っていた。その耳の形がミッキーマウスのようなので、「ミッキー」と名前を付けたのだという。
猫に名前をつける、たったそれだけの当たり前の行為。ただ、行政施設の中では、その当たり前の行為が当たり前ではない。職員が収容された猫に名前を付けるということは、「その猫を殺さない」「殺させない」そんな決意の表れだと感じる。
自分で世話をした猫を殺処分することは、もちろんつらいことだ。さらに名前まで付けていたら、余計につらいだろう。
「梅田さん! 『ミッキー』はどうですか?」
「どうですか?」という問いは、「引き出していきますか?」という意味だ。
「背中のけがを治してくれたら、引き出しますよ!」と即答した。
「良かったね、ミッキー! 治療がんばらないとね!」
収容された猫たちを引き出すために、行政施設へは頻繁に通っている。ひと月に何回も行くこともある。そのたびに「ミッキー」の様子を見に立ち寄った。
「どうですか? ミッキーは?」
「いろいろ試してみて、もう少しなんですけど、背中の皮膚が完治しないんですよね」
こんなやりとりが何度も続いた。
行政施設の中でできることは限られる。外の病院ならできることもあるはずだ。そう思い、ある時、職員に伝えた。
「次に来た時、治ってなくても『ミッキー』を連れて帰ります。治療はお世話になっている病院で続けます」
「わかりました」と職員が静かに返事をした。
その数週間後、ほかの猫たちを引き出すため、行政施設を訪ねた。顔をのぞき込んでミッキーに話しかけた。
「ミッキー! 今日は一緒に行こうな!」
すると、ミッキーの治療を続けてきた職員が話しかけてきた。
「あの、実は『ミッキー』のことなんですけど。できたら、うちの子にしたいと思いまして」
「えっ、そうだったんですか! それが一番ですよ。よかったな、ミッキー!」
結局、ねこかつで「ミッキー」を引き出すことはなく、職員の家の子になった。片目と片脚を失ったが、それでも幸せに暮らしていると職員が説明してくれた。
「私の家に来てから、ミッキーはお客さんや小さい子どもにも優しく接してくれています。ミッキーに会いたい、と5歳の娘の友だちも遊びに来てくれます。ミッキーのお陰で、家に笑顔が増えました」
保健所、動物愛護センターには、犬猫を殺処分する怖い場所というイメージがある。しかし最近、殺す施設から脱却しようと試みる施設も現れてきている。そして、そこには、動物を思い、努力を続ける職員たちがいる。
【前の回】アパートに残された怒りっぽい猫 生活保護のおじいさんが入院した
【次の回】老夫婦が保護し、大事に世話した野良猫たち 飼育崩壊の危機に
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。