大けがをしたおとな猫 夫婦に心を許し、子猫のように愛らしく

   50代半ばの夫婦が「人生最後のペットかもしれない」と引き取ったのは、おとなの保護猫。しかも頭に大けがをして長く入院していた猫だった。心配をよそに猫は元気になり、子猫のように愛らしい甘えん坊になった。

(末尾に写真特集があります)

 神奈川県三浦郡葉山町。三毛猫「いろは」に会うために、海辺の町にたつ家を訪ねた。

   50代半ばの夫妻が迎えてくれた。「いろは」を家に迎えて4年になる。だが、肝心の猫の姿が見えない。聞けば、「超」がつくほど、照れ屋だという。

「お客さんが苦手で、気配がすると隠れちゃって。私の仲良しの友達も一度も会ったことがないんです。実は夫に慣れるのにも、3年半もかかったんですよ」

   ゆうさんが説明すると、夫が照れたようにいう。

「片思いの数年間でした(笑)。その前にいた2匹の猫は、僕になついたのにねえ」

くつろいでいる、いろはちゃん
くつろいでいる、いろはちゃん

2匹の猫を見送る

 夫婦がこの家に引っ越してきたのは22年前、30代の頃だった。それまでは集合住宅でペットは飼えなかったが、「今度は飼える」。引っ越しの片付けを終えた妻ゆうさんは庭を見て「猫でも来ればいいに」とつぶやいた。すると、その直後、本当に猫が庭に現れたのだという。茶白の猫だった。

「赤い首輪を着けていたので、飼い猫だと思ったのですが、お腹をすかせているようでした。ご飯にかつおぶしを混ぜてあげたらガツガツ食べて、次の日も、次の日もやって来て。迷い猫かと思って聞いて回ったら、近所のおばあさんが飼っていた猫に似てるということでした」

   そのおばあさんはすでに亡くなっていた。飼い猫が外に出て野良になっていたのだ。夫婦は年齢不詳のその猫に「ナナ」という名前を付けて、飼うことにした。

「僕が庭仕事をしていると、肩にのってくるほど人なつこかった。でも赤いおしっこをして。病院に連れて行くと、石が詰まっているということで手術を受けました。それから7、8年生きたかな」

   その後、ゆうさんの両親が高齢になり、飼い猫「とら」の世話が大変になったため、引き取った。家に迎えた時すでに15歳だったが、「とら」はそれから6年間生きた。

「とらちゃんの大往生を看取った後、また猫が欲しくなったけど、私たちの年齢を考えると無理かしらと、諦めかけていました。でも夫が『もう1回飼えるよ』と言ってくれたんです」

 夫は月に何度か夜勤がある。ゆうさんが夜一人きりで過ごすより、猫と一緒のほうが寂しくないだろう、と考えたのだ。

何を見ているのかな
何を見ているのかな

ネットで見つけた可愛い猫

 3匹目の猫を保護猫サイトで探し始めると、気になる猫が見つかった。埼玉県の団体が保護したメスの三毛猫で、推定3歳、ちょっと変わった毛柄をしていた。

「頭の毛色の半分が『ナナ』、もう半分が『とら』にそっくりで、運命を感じたんです。紹介欄に“負傷猫”とあったけど、それまでも病気や高齢猫を育てていたし、気にしませんでした。むしろ子猫から育てるより、おとな猫を大切にしたいと思いました」

 初めてインターネットで譲渡を申し込み、家族になる審査を受けた。すべての条件をクリアし、ほっとした気持ちで、保護猫「いろは」を迎え入れた。

   自宅まで猫を連れてきてくれた保護団体の代表によると、「いろは」は頭を強く打って、ぐったりした状態で保護された。頭蓋骨や顎を骨折しており、長く入院もしたという。

「『健康診断の時に獣医さんに渡してください』と、頭のレントゲン写真が入ったDVDもいただきました。でも、けがの痕はほとんど分からなかったし、写真より実物は美しく、普段そっけない夫も『可愛い』と口にしたほど。ただ、びっくりするほど臆病でしたが」

ゆうさんの夫を見上げています「今は仲良し」
ゆうさんの夫を見上げています「今は仲良し」

名前を繰り返し呼ぶ

「いろは」は家に来ると、すぐに居間の家具の後ろに隠れ、夜になって夫婦が2階の寝室にいくと、そーっと出てきて食事をして、また隠れた。1週間もそんな状態が続いたので、「まだ慣れないんです」と、ゆうさんが保護団体代表に連絡すると、「とにかく名前を呼んであげて」とアドバイスされたという。

   助言の通り「いろは」「いーちゃん」と気持ちを込めて名前を呼び続けた。すると、やがてゆうさんに心を開いたのだという。

「いったん気を許したら、あっという間に甘えん坊になりました。階段をあがって一緒に寝るようになって、お風呂までついてくる……。その後も夫のことは警戒していましたが、夫は根気強く、さりげなく待った(笑)」

 そうして、ある朝、夫が居間の床でくつろいでいると、「いろは」が両足の間にさーっと入ってきた。

「やっと僕の方を向いた(笑)。きっかけは分からないけど、時が来たって感じでしたね」

   ビクビクだった「いろは」は、ベタベタになり、今では夫が座るたびに膝に乗ってくるようになった。けがの後遺症もなく、穏やかに過ごしている。

   ゆうさんが優しくいった。

「猫だって、おとなになってから変わるんですよね。私たちを慕う姿は子猫のようです。『いろは』が来てから、なんだか私たちも若返った気がします」

(写真提供=ゆうさん)

ゆうさんのインスタグラム
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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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