飼い主孝行な元野良猫「ぽんた」 隠れてるつもりがほほえましい

 慢性腎臓病と診断されたぽんたは、点滴(皮下輸液)治療をするうちに食欲が回復し、体重も4.5kgまで戻った。

(末尾に写真特集があります)

 毎日だった通院も、2日置き、4日置きとなり、体調が安定してからは「1週間あけてみましょう」となり、再度血液検査をしたときには、正常値には届かないとはいえ、数値は改善されていた。

「今後は様子を見ながら、2週間に一度を目安に点滴をしていきましょう。その間に食事をとらなくなったり体重が減った場合には、連れて来てください」

 と先生は言った。

 猫飼い初心者にとってありがたかったのは、ぽんたが病院を嫌がらなかったことだ。

 病院に連れて行く際に抵抗する猫は多いという。その気配を察するとベッドやソファの下にもぐり込んで出てこないとか、キャリーバッグに入れようとすると暴れてひと苦労する、という話はよく聞く。

「朝は顔を洗わなきゃね」(小林写函撮影)
「朝は顔を洗わなきゃね」(小林写函撮影)

 しかしぽんたの場合は、寝そべっているところへそっと近づいて後ろから抱え上げ、上ぶたを開けたキャリーバッグの底にぽとんと落とし、ふたをするだけでよかった。脚をバタつかせて抵抗らしきものはするのだが、こちらの手をかんだり引っかいたりはしない。

 カチッというキャリーバッグのふたを開ける音を感知するとソファから飛び降り、リビングのローテーブルの下やクローゼットの奥に隠れることもあった。しかし、ローテーブルは後ろが抜けており、クローゼットは間口が広く奥行きが狭いため、捕まえるのは簡単だ。それなのに「隠れているつもり」になっているところがおかしい。

 病院への道すがらは鳴いているが、待合室に入ると静かになる。キャリーバッグの中で香箱を組み、目の前で跳びはねる犬を目で追ったりしている。診察台の上でも興奮したり怒ることなく、点滴や注射を受け入れてくれるのは、飼い主孝行な猫にほかならなかった。

 食事に関しても、病院ですすめられた腎臓病の療法食を問題なく食べていた。だが治療をはじめてから1カ月後に、まったく食事をとらない日が再びおとずれた。嘔吐もしたので慌てて病院に運ぶと「膵炎(すいえん)かもしれない」という診断だった。

 血液検査は外部の機関に出すとのことで、結果が出るまでの処置として抗生物質が処方された。

「下界はバタバタ忙しそうだね」(小林写函撮影)
「下界はバタバタ忙しそうだね」(小林写函撮影)

 薬は一度、風邪をひいたときに与えたことがあった。そのときは、処方された錠剤を細かく砕いてウェットフードに混ぜた。今回は、食事をとらないのでこの技は使えない。私が直接、口の中に投与するしかなさそうだ。

 病院でデモンストレーションしてもらい、コツを教わった。確かにこの方法のほうが、フードに混ぜるよりも時間はかからないし合理的ではある。しかし私はまだ、ぽんたの口周りに触ったことがないし、正直、かみつかれそうなのが怖い。

 帰宅した私はツレアイに事情を説明し、投薬のためにぽんたの体を抑えてもらうよう頼んだ。すると、

「とりあえず一人でやってみなよ。薬を与える時間に常に僕がいるとは限らない。まずはトライしてみて、失敗したら手伝う」

 と、逃げ口上を言う。

 仕方ないので、飼育書の写真で投薬の手順を確認し、病院で教わったことを反芻して一人で挑んだ。

「キーボードの“4”が打てなくなったって?僕、知らないよ、落としてないよ……」(小林写函撮影)
「キーボードの“4”が打てなくなったって?僕、知らないよ、落としてないよ……」(小林写函撮影)

 ぽんたをソファの背と私のからだで挟んで固定し、左手で頭をつかんで上を向かせ、右手の中指で下あごを引いて口を開ける。右手人さし指と親指でつまんでいた錠剤を素早く舌の奥に落とし、口を閉じる。のどをさすると、ほどなく「ゴクッ」という音とのどが動いた感触で、飲み込んだことがわかった。

 私は大喜びで、えらいねーとぽんたをなでた。

 結果的に膵炎ではなく、食欲も体調もすぐに戻った。心配したものの検査をしたおかげで、私がぽんたに対してできることがひとつ増えた。

「余命は長くて2年」と告げられた直後、気が動転した私は、猫の「みとり」について書かれた本を購入し、「来るべきとき」についての心構えを知ろうとしていた。しかし、その前にやるべきことはまだまだある。

 ぽんたを入れたキャリーバッグを自転車の荷台にくくりつけ、病院へとペダルをこぐ。街路樹のハナミズキは、新緑に変わろうとしていた。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。

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この特集について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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