動物の体だけでなく、心を意識した獣医療の時代
ヒトは太古の昔から動物をさまざまな形で利用し、自らの暮らしを豊かにしてきた。ヒトの生活はそのような動物たちの犠牲の上に成り立っていることは事実であるし、それを全面的に否定すると現代の我々の生活は成り立たなくなる。
一方では動物を保護しようとする動きも、さまざまな形で繰り広げられている。動物の利用に関してどこまでを「よし」とするかは個人の考えもあり、一概に決められない。
理想は、動物も人もみんなが幸せに生き、天寿を全うすることだが、理想と現実の間には大きな溝がある。人も動物も、誰一人傷つけずに天寿を全うすることはそもそも不可能だ。現実を受け入れつつも、常に改善する姿勢を持ち続ける必要がある。まずは人が関わるすべての動物で、少なくとも以下のFive freedoms(五つの自由)が守られるべきであることは共通の目標だろう。
①飢えと渇き(不適切な栄養管理)からの自由
②不快な環境からの自由
③痛み、けが、病気(身体的苦痛)からの自由
④恐怖と苦悩(精神的苦痛)からの自由
⑤正常な行動をする自由
五つの自由は、1960年代に英国で家畜福祉向上のために定められたが、今やアニマルウェルフェアの国際的な基準として広く浸透している。ペットはもちろん産業動物、展示動物、実験動物なども含め人間がかかわるすべての動物において配慮すべき項目としてこれらがある。
アニマルウェルフェアは語源的には、動物(アニマル)の良い(ウェル)生活(フェア)という意味である。アニマルウェルフェアの考え方は、人による動物の利用を全面的に否定するのではなく、動物が生きている間の「生活の質」を高めることに重きを置いている。
人による動物の利用を認めたうえで、動物が生きている間の生活の質を高め、たとえ命をいただく際にも身体的あるいは精神的な苦痛が少ない方法を選ぶべきであるという考え方である。「かわいそう」という感情論ではなく、科学的な視点に立って、高度な思考や社会性を持つ動物たちのクオリテイオブライフ(QOL)を向上させるべきだという考え方であり、「動物への配慮の科学」とも言われている。
動物が幸福感を感じる生活環境や社会的刺激は動物種によって大きく異なり、擬人化しすぎると、かえって彼らを不幸にすることもある。動物のQOLを高めるためには動物の心理や行動を理解しなければならないので、このアニマルウェルフェアと動物行動学は表裏一体の学問と言われている。
獣医学教育コア・カリキュラムに動物行動学と臨床行動学が取り入れられたことは獣医学教育におけるひとつの節目であり、これからは獣医師が、動物の体のみならず心を意識した獣医療を行う時代になったことを意味している。またアニマルウェルフェア問題は、今後獣医学が責任を持って担当すべき重要課題であるともいわれており、今後この分野での獣医師の活躍が期待される。
〈参考文献〉森裕司・武内ゆかり・内田佳子(2012):獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠 動物行動学144―151 インターズー、東京
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