保護猫はエイズキャリアー(前編) 幸福の女神はほほえむか?
猫との出会いの場や、家に迎える理由は人それぞれ……。今回紹介するのは路上にいたある黒猫の話だ。交通事故に遭い、難病のリスクも抱えていたのに、運命の出会いは一転、雄猫を幸福へと導いた。
都内で不動産業を営む藤堂薫さんが、車で夜道を走っていた時のことだ。
「わっ、あぶない」
何かが飛び出して車にぶつかってきた。急ブレーキを踏んだがバンパーのあたりに当たってしまった。慌てて車を降りると、真っ黒い猫がうずくまっている。よく見ると鼻血も少し出ているようだ。「大変!」猫を抱きあげ、車に乗せて救急対応の動物病院へ急いだ。昨年1月の出来事だ。
「いきなり猫がぶつかってきて本当にびっくり。救急動物病院に連れて行って、けがの処置をしてもらいました。幸い、2~3日もすれば傷は落ち着くだろうということでした」
命に別条はなく、藤堂さんはホッと息をついた。飼い猫でなく外猫だということは一目瞭然だった。首輪がなく体もひどく汚れ、人にも慣れていない。推定年齢は4~5歳(人でいう32~36歳)。
闇夜のように真っ黒なその猫を、クロスケと仮に名づけた。でもよりにもよって、なぜクロスケは藤堂さんの車にぶつかったのか。
事故は不運だが、出会いはあまりにも幸運だった。藤堂さんは夫と猫2匹、犬1匹と暮らす、根っからの猫好き。しかも、猫に縁の深い仕事をしている。猫好き用にキャットウォークなどを設置した賃貸マンションを提案、管理したり、保護団体の東京キャットガーディアンと提携して猫付きシェアハウス(保護された成猫と数人で暮らす家)をフランチャイズで作ったり。クロスケにとってこの遭遇は、すなわち、ひもじい思いをしたり危険な目に遭ったりする路上生活からの脱却にもつながった。
藤堂さんは自宅で引き取ることも視野に入れ、クロスケの去勢手術をし、一通りの血液検査をした。だがそこでまた、驚いた。
「健康に見えたのですが、検査の結果、猫免疫不全ウイルスに感染していた。いわゆる『猫エイズウイルス』のキャリアー(陽性)でした」
猫エイズは免疫不全の病気で、人や犬にはうつらない。だが猫同士では唾液(だえき)を通して(かみ傷などから)ウイルスが感染するといわれており、感染率は外で喧嘩をする猫の方が高い。日本臨床獣医学フォーラムによると、猫エイズウイルスに感染すると最初の1年間ほどはリンパ節が腫れたり軽い下痢をしたりするが、そのうち症状がなくなり、外見上は健康な猫と見分けがつかなくなる。しかし病気が進行すると抵抗力が落ちて、口内炎ができたり鼻水を出したり発熱したりするようになる。感染した猫でも、室内でストレスなく過ごせれば長生きできる可能性が高くなるものの、感染していない猫に比べれば平均寿命は統計的に短いという。
ワクチンはあるが「効果は100%ではない」と話す獣医師もいる。だからこそ、感染していない猫との接触は避けるべきだ。藤堂さんも悩んだ。というのも、藤堂さんの自宅にいる猫2匹はいずれも陰性、キャリアーではない。本来ならクロスケは自分が引き取りたいところだが、それでは今いる猫たちを感染させるリスクがある。
「とりあえず会社の事務所で面倒を見ることにしました。はじめはまったく鳴かないし食事もとらないので、心配しましたね。事故のせいで鳴けないのかしら、なんて」
だがしばらくするとクロスケはケージの中から出てうろうろ歩き、藤堂さんをシャーッと威嚇し、ミャアミャア鳴くようにもなった。フードをケージの外に置くと、人の姿が見えないのを確かめてからポリポリおいしそうに食べたという。
「警戒心が強いけど、あごの下をさするとのどを鳴らし、体も拭かせてくれるようになりました。あのまま事務所にいたら猫付きシェアオフィスですね(笑い)。でも彼には普通に家庭で過ごしてほしいなって気持ちもありました」
そうはいってもすでに4~5歳で、しかもエイズのキャリアー。真っ黒で大きくて、かなりの人見知り。里親を見つけたくても、見つかりにくいかなと藤堂さんも思った。
ところがクロスケは強運の持ち主だった。ほどなくして、やさしい人とまた出会うことになったのだ。
「知人を通して『エイズの猫ちゃんウェルカム!』という理解ある方が見つかったのです。しかも受け渡しはホワイトデー。なんだかちょっとすてきでしょ」
ちょうど1年前の3月14日のことだ。トリミングサロンできれいにシャンプーしてマフラーを巻いてもらい、クロスケは新たな飼い主さんのお迎えを待った。そこに現れたのは……。(後編につづく)
(藤村かおり)
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