「マリーナ 街の動物病院」の院長・早乙女真智子先生と病院の看板猫たち(早乙女真智子先生提供)
「マリーナ 街の動物病院」の院長・早乙女真智子先生と病院の看板猫たち(早乙女真智子先生提供)

獣医療×トリミングで動物の健康を守る 早乙女真智子獣医師「心のつながりを大切に」

 動物病院の診察室で、ペットと飼い主さんと日々向き合う獣医師の“思い”を紹介する当連載。第5回は、「マリーナ 街の動物病院」の院長・早乙女真智子先生にお話をうかがいました。

(この連載はペットの健康診断を推進する獣医師団体、一般社団法人Team HOPEと共同でお届けしています)

物言わぬ動物は小さな子どもと同じ

「動物たちはとても我慢強い。そして飼い主さんは、愛犬・愛猫がいつも健康だと思っていることも少なくありません。健康そうに見えても、体の内部では病気が進行していることもあり、発見できたときには最悪の状態になっていることもあります。そうならないよう、日頃から健康診断を受けさせて、早期発見・早期治療をすることが大切です」

 早乙女先生は、全国の獣医師がチームとなりペットの予防医療と健康管理の普及・啓発活動に取り組む「一般社団法人Team HOPE」の立ち上げ当初から、自身と共通の思いに賛同し、活動に参加しています。

「Team HOPEの地道な活動のおかげで、開院当初に比べると、健康診断を受けさせる飼い主さんは増えています。当院は猫の来院数が多いので、健康診断も猫のほうが多いですね。猫は、犬と違って“おさんぽ”というルーティンワークがないですし、元気であっても寝ていることが多いので、本当の健康状態になかなか気づけないことがあるんです。そう飼い主さんに伝えてきたかいがありました」

ペットと飼い主さんが一緒に過ごす楽しい時間をできるだけ長くするお手伝いをしたいという思いから、早乙女先生(左)は健康診断による病気の予防・早期治療に力を入れています(早乙女真智子先生提供)

 診療にあたり、早乙女先生が大切にしているのは、小児科医のような意識で飼い主さんとの信頼関係を深めること。

「どこが痛いと、自分で伝えることができない動物は小さな子どもと同じです。小児科医は、患者である子どもの代わりに親御さんから話を聞いて病状を把握し、親御さんに病状や治療方法を説明し、理解・納得していただいたうえで治療を進めます。獣医療では、親御さんにあたるのが飼い主さん。治療を進めるためにまずは、飼い主さんの話を丁寧に聞き取るようにしています」

 そこで心がけているのは、飼い主さんにリラックスしてもらうこと。

「来院する方は緊張していることが多く、言いたいことを言えない、言ったら怒られるかもといった気持ちもあるように思います。でもそこを聞き出さないと診察に入れないケースも多々あります。特に初診時は、時間を長めにとって、ときには世間話もしながら飼い主さんにリラックスしてもらい、心を開いてもらえるように努めています」

登山や週2回のバレーボールなど、忙しい合間をぬって体を動かすことが早乙女先生の元気の秘訣。趣味の話題は、飼い主さんとの会話が弾むきっかけにもなるといいます(早乙女真智子先生提供)

トリミング中も光る獣医師としての目

 早乙女先生が院長を務める「マリーナ 街の動物病院」には、トリミングサロンが併設されています。

「開業前に勤務していた病院にも併設されていたこと、また開院当時の動物看護師がトリマーの資格をもっていたこともあって、当初からトリミングサロンを併設しています。一般的なトリミングサロンの場合、年齢や持病を理由に断られることもあるかと思いますが、当院では制限を設けることなく受け付けています」

 トリミングサロンが制限を設けるのは、高齢のためトリミング中に立っていられない、持病のため体調が急変する可能性があるなどが理由です。

「病院併設のトリミングサロンであれば、事前に診察をして、体の状態を十分に確認してからトリミングを行い、施術中も獣医師である私が近くにいるなど、高齢であっても、持病があっても、安心してケアを受けてもらえる環境をつくることができます」

 立っていられず、抱きかかえての施術も難しい中・大型犬などの場合は、早乙女先生が状態を確認しながら、寝そべらせたままでケアすることもあります。そうしてトリマーだけでなく、早乙女先生、動物看護師も一緒にトリミングに関わることは、病気の早期発見にもつながると言います。

「たとえばシャンプー中に皮膚炎に気づいたり、背中やしっぽの脱毛が目立っていたら甲状腺機能低下が疑われるため、飼い主さんに検査をしてみませんかとお声がけをしたり。こうしたことができるのもまた、動物病院に併設しているトリミングサロンならではだと思います」

卒業を控えたころ、大学の友人たちと出かけたスキー旅行での早乙女先生(中央)(早乙女真智子先生提供)

動物嫌いから一転、競技馬専門医へ

 現在、「マリーナ 街の動物病院」では、高齢や病気などを理由に早乙女先生が引き取った保護犬2匹、保護猫4匹が暮らしています。早乙女先生が動物と暮らし始めたのは中学2年生のとき。学校の先生の家で生まれた子犬を引き取ったのがはじまりでした。

 動物に囲まれて暮らす早乙女先生ですが、「子どもの頃は動物が苦手でした」と話します。

「親戚の家に行くたびに、犬に追いかけまわされたり、田舎にある祖父の家であひるにつつかれたりしているうちに、怖いイメージをもつようになってしまって。自分が心を開く前に、距離を縮められることへの恐怖があったのかもしれません。幼稚園の遠足で動物園に行ったときも、ふれあい広場では先生を盾にして、隅っこに隠れていたくらい(笑)」

早乙女先生は、中学で始めた乗馬を高校、大学でも続け、大学卒業後は競技馬専門医として、獣医師の道をスタートさせました(早乙女真智子先生提供)

 そんな早乙女先生が動物に興味をもつようになったのは小学生の頃、有名な女優さんが颯爽(さっそう)と馬に乗る姿をテレビで見たことでした。

「自分が知っている動物とのかかわり方とまったく違うと感じて、乗馬をしたいと思うようになり、中学から乗馬クラブに通いはじめました。それ以来、動物への苦手意識はなくなっていきました」

 早乙女先生が獣医師を志すようになったのも、乗馬がきっかけでした。

「もともとは歯医者さんになるつもりだったんですが、乗馬をはじめたことで性格も活発になって、毎日、口の中という小さいエリアを診るのは性に合わないと思うようになりました。そんなとき、自分の馬が脚にすり傷を負って、獣医師でもある乗馬クラブのオーナーに診てほしいとお願いしたら、『自分の馬なんだから、責任をもって自分で診られるようにならないと』と言われて。そこから将来の道として獣医師を意識するようになりました」

 大学卒業後は競技馬専門医としてキャリアをスタート。12年間、競技馬の健康管理、診療に携わったのち、動物病院などでの勤務を経て、2006年に「マリーナ 街の動物病院」を開院しました。

早乙女先生(左上の写真)の母校・日本獣医畜産大学獣医畜産学部を紹介する新聞記事(昭和63年)(早乙女真智子先生提供)

最期に伝え合う「ありがとう」の気持ち

「飼い主さんの心のケアも動物病院の役割」だと早乙女先生はいいます。

「だいぶ前に、ほかの病院で心臓病と診断されたワンちゃんの飼い主さんが泣きながら駆け込んできたことがありました。興奮して話もできず、悪いほうにばかり考えてしまっていて、私の声も耳に入らないような状態でした」

 早乙女先生は慌てることなく、いつもどおりの姿勢でその飼い主さんの心に寄り添い、その犬の治療をすることになりました。それから亡くなるまでの約2年、早乙女先生は飼い主さんの話にも耳を傾け続けました。

「飼い主さんが死というものを受け入れる準備ができるのを待つために、そのワンちゃんは2年間、頑張ってくれたのだと思います。最期のときには、飼い主さんもそれを理解していました」

 地元に密着した動物病院として、普段から飼い主さんとの心のつながりを大切にしている早乙女先生は、愛犬・愛猫を亡くした飼い主さんの心のケアにも取り組んでいます。

「入院中に死が近づいているということがわかったときには、そのことを飼い主さんに伝えて、きちんと話をして了解を得たうえで、おうちに帰してあげます。飼い主さんも愛犬・愛猫のために治療に参加したという気持ちになってもらい、自宅で看取ることで、“ああしておけばよかった”と、飼い主さんの後悔の気持ちをなくせたらという思いからです」

 愛犬・愛猫を自宅で看取った飼い主さんのほとんどは、その後、早乙女先生に会いに来てくれるといいます。

「感謝の気持ちも含めてあいさつにきてくれるんです。ありがたいですね。こちらこそありがとうという気持ちでいっぱいになります」

昨年亡くなった病院の看板犬・うめちゃんと早乙女先生(早乙女真智子先生提供)

 そんな早乙女先生が獣医師としてのやりがいを感じるのは、「ありがとう」と言ってもらえたときです。その根底には、「手助けをしたいという気持ちがある」といいます。

「たとえば、いまの時代、道端で人がひっくり返っていても気にかける人は少ないですが、私は、自分にできることはしたいと思うんです。動物、飼い主さんに対しても同じ。残念ながら、どんな病気も絶対に治せるということはありませんが、自分にできることを一生懸命にするのが獣医師としての務めだと思っています。私がしているのは、人間と暮らす動物が健康で楽しく過ごせる時間をできるだけ長くするためのお手伝い。これからもその思いで動物、飼い主さんに寄り添っていきたいと思います」

(次回は2月18日公開予定です)

【前の回】動くことは生きること 小泉信輝獣医師「痛みを取り除き“動く”喜びを守りたい」

成田美友
フリーランス編集ライター。上智大学文学部英文学科卒業後、出版社勤務を経て渡独。現地観光局に編集者として在籍し、ヨーロッパ各地をめぐりながら、大好きなワイン&ビール&犬三昧の日々を過ごす。帰国後にフリーランスとなり、犬2匹と暮らしはじめる。現在は、“おばあちゃん”になった愛犬の毎日を見守りつつ、お酒を含む食や旅、日本とヨーロッパの文化、犬との暮らしに関する記事を中心に執筆、各種メディアの編集に携わる。

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この連載について
動物診療の現場から
飼い主と一緒になって、二人三脚で愛犬や愛猫の健康と幸せを見守ってくれる存在が獣医師。犬や猫を大切な家族の一員として一緒に暮らす私たちにとって、頼りになる欠かせない存在です。さて、診察室で目の前にいる獣医師は、そのときどんな思いでその瞬間に向き合っているのでしょうか。普段語られることの少ない獣医師の、エピソードと思いを紹介します。
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