保護犬を迎えて2年半 作家・岩下尚史さん、“家に帰りたくなる”愛犬との郊外暮らし
都心の住宅街から自然豊かな東京都青梅市に引っ越して2年半、作家の岩下尚史さんは愛犬の綱切丸との日々をインスタグラムに投稿しています。にぎやかな都会を離れたからこそ見つかった楽しみだそうです。
「一人」じゃなくなった充実感
――綱切丸との出会いは。
引っ越しが一つのきっかけ。ウチは山が近いから夜になると真っ暗で、多摩川の流れる音しか聞こえない。そこに鹿の鳴き声やキツネ、タヌキの気配を感じる。私は臆病なので、番犬がほしかったんです。
綱切丸は広島県の山奥で保護された子犬でした。私と出会う前に、何度か都内の方に引き取られたそうですが、よくほえるから住宅街には合わなかったと聞きました。その点、私はほえる犬の方が良かったので合ってたんですね。
――番犬ですか。
そう。綱切丸が急にほえ始めると、30秒後ぐらいに宅配便の車が見えてくる。そのたびに「えらいねぇ、若旦那」って私は褒めるんです。そんなこと郊外じゃないと出来ないでしょ? 私が都心に仕事に行くときは近所でお世話になっている人に預けるんですが、その時に一度、野生のイノシシが出てきて、ウチの綱切丸が牙を見せてうなって、撃退したんですよ。
――名前は、なぜ綱切丸に?
ウチの遠い先祖が近江の佐々木家なので、宇治川の戦いで戦果を挙げた佐々木高綱の刀から名付けました。私は若い頃からグズで負け続けですからね、せめてウチの若旦那には、宇治川の「先陣争い」で勝った名前を付けたかったんです。
「きっと何かを育てたかった」
――綱切丸と、日々どのように過ごしていますか?
新型コロナで外出自粛になって、ずっと書斎で一緒にいましたね。きっと一人でいたら、もてあましていたと思います。散歩は朝に30分、夕方に50分ぐらい、今の季節だとホトトギスの鳴き声を聞きながら、近くの山道を歩くんです。以前は都心に仕事に行ったらホテルに泊まっていたけれど、今は夜でも帰りたくなる。私が思うほど、この犬は私のことは思っていないでしょうけど(笑)。
――ぞっこんですね。
実はね、いままで犬は好きじゃなかったんです。どちらかというと苦手。でも来年還暦を迎えるからでしょうか、小学生の時に家にいた「クマ」という犬のことをよく思い出すようになったんです。クマは私にはあまり懐かなくて、怖かった。最後はクマが逃げ出してしまってそれきり。でも、それが心の中に引っかかっていて、「クマの分まで」という思いもあるのかも知れませんね。
それから、私は一人っ子で、東京に出てからも一人暮らし。朝から晩まで自分のことばかり考えていました。孤独なんて感じたことは無かったけど、きっと何かを育てたかったんだと思います。
都会を離れて2年半、自然豊かな環境で昔の作家の本を読むと、知識というより先生方の人格が実感をもって、心身に染みとおる気がします。綱切丸との生活にも慣れて、ようやく執筆準備が出来たかなって。あとは書くだけなんですけどね。次は綱切丸との生活を書いてもいいですね。
(聞き手・浜田知宏)
いわした・ひさふみ 1961年、熊本県生まれ。06年のデビュー作「芸者論 神々に扮することを忘れた日本人」で第200回和辻哲郎文化賞受賞。著書に「ヒタメン」「名妓(めいぎ)の夜咄(よばなし)」など。テレビでも活躍中。
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