「きれいなリビングでしょ。お客さんたち粗相して汚さないようにね」(小林写函撮影)
「きれいなリビングでしょ。お客さんたち粗相して汚さないようにね」(小林写函撮影)

「本当にわかっていたのだろうか」 愛猫のことを見つめ直したあの日、転機は訪れた

 自分1人でカウンセリングだけでも受けに行こうかと、千明さんが迷っていたある日のことだった。

 母の留守中、キュウのトイレを掃除しながらふと考えた。

「私は、本当にキュウのことがわかっていたのだろうか」と。

(末尾に写真特集があります)

人懐っこく、にぎやかないたずらっ子

 黒猫の「キュウ」(推定8歳、オス)は2015年6月に、千明さんが自宅の近くで子猫のときに保護した猫だ。

 キュウは元気で人懐っこく、にぎやかな猫だった。同居している千明さんの両親と夫、家族全員にすり寄って甘え、「おなかがすいた」「なでて」「遊んで」と要求があれば、足元に転がり鳴いてアピールした。

 当時、家には推定10歳の「ハッチ」というオスの黒猫がいた。キュウは、遊んで欲しくてハッチのあとを無邪気に追いかけまわし、ちょっかいを出した。それは、警戒心が強く繊細な性格のハッチにとっては、うっとうしい存在でしかなかった。

 キュウが姿を見せただけで唸り、激しく威嚇し、やがて、キュウが過ごした場所でマーキング行為をするようになった。

 結局、ハッチは千明さんたちが住む2階、キュウは両親が暮らす1階と、生活空間を完全に分けるしかなかった。それでなんとか平穏は保たれた。

「こんにちは、キュウです。日当たりのいい2階は以前ハッチがいたとこさ」(小林写函撮影)

 キュウは、いたずら好きな猫だった。家の中を活発に走り回り、ソファや壁など、どこでも爪研ぎをした。木綿糸が大好きで、タオルに爪をひっかけて糸を引っ張り出して遊んだり、たまたま出しっぱなしになっていたミシン糸を飲み込んでしまって、動物病院で処置をしてもらったりしたこともあった。

これもいたずら?

 ハッチは子猫時代から慎重で聞き分けがよく、人間に迷惑をかけることは決してなかった。それに比べると、キュウはやんちゃな次男坊そのものだった。

 だから、ときどきトイレ以外のところでオシッコをするのも、キュウの性格からして、いたずらの一環だと思っていた。

 キュウのトイレは、1階の千明さんの母の寝室に置いていた。基本的にはそこで用を足すのだが、月に1回、多いときは2〜3回、ときに週に1回、ベッドやソファ、クッション、タオルケットの上など、やわらかい場所をトイレ代わりに使用する。

 最初に粗相(そそう)の跡を見つけたときは「コラ、ダメでしょ!」と叱った。だが、キュウは懲りずに繰り返した。何度か、千明さんたちは現場を目撃したことがあったが、キュウは至福の表情で、そのときは制するのがはばかれた。

「え、僕が粗相をしてたって?知らないよ」(小林写函撮影)

 トイレ掃除は、まめに行っていた。猫砂も、ありとあらゆる種類を試したが、特別な効果は見られなかった。

 粗相をするのは、両親の居住空間に限ってのことだった。千明さんはビニール製のテーブルクロスを買ってきて、キュウが排尿をしそうなあらゆる場所にかけた。それでも防ぐことはできず、そのたびにクロスにたまったオシッコを拭きとり、消毒をした。両親にとってはたまったものではない。

 でも2人は「大丈夫よ、キュウちゃんがいてくれるだけでうれしいし、かわいいから」と受け入れてくれた。キュウがしばらく粗相をしない日が続くと「えらいねえ!」とほめた。

見つめ直すと見えてきた

 いたずらではなく別の要因があるのでは、と思いはじめたのは、キュウが来てから6年目、ハッチが悪性リンパ腫で亡くなってからだ。

 実は千明さんは、キュウの粗相はハッチの存在と関係するのではと、うっすら考えていた。ハッチがいるので自分だけを見てもらえない、千明さんの気を引くためのいたずらかもしれないと想像していた。

 だがハッチ亡きあとも、キュウの行動に変化はなかった。

 まずは泌尿器系疾患を疑い、動物病院で検査をしたが異常はなかった。「猫のトイレの習慣を変えるのは難しいので、飼い主が気をつけるしかない」と獣医師に言われたが、具体的な解決策は提示されなかった。

 犬や猫の問題行動を専門に診てくれるクリニックに相談しようかとも考えた。だが、家からは距離があり、キュウを電車で連れていくのは難しそうだった。

 自分1人でカウンセリングだけでも受けに行こうかと、千明さんが迷っていたある日のことだった。

 母の留守中、キュウのトイレの掃除をしながらふと考えた。

「私は、本当にキュウのことがわかっていたのだろうか」と。

 亡くなったハッチは、千明さんにべったりの猫だった。それもあり、ハッチ存命中は、キュウのことをあまりかまってやれなかった。

 だがハッチがいなくなったことで、千明さんの目がキュウだけに向くようになった。これまで気がつかなかったキュウの個性が見えてきた。

「おかあさん、僕のことようやくわかるようになったんだ」(小林写函撮影)

 5歳になったキュウは、以前よりずっと行動が落ち着いていたこと。子猫のときは食にまったくこだわりがなかったのに、選り好みをするようになっていたこと。

 人見知りはせず、誰にでも愛想がよいと思っていたが、好き嫌いがはっきりしてきたこと。自分とは相容れない人が家にくるとすぐに察知し、姿を隠して決して出てこないこと。

「元気でくったくがなく、いたずら好きなキュウちゃん」は、実は繊細でデリケートな猫に変化していた。というより、もともと、そういう性格だったのだ。

 そこで千明さんは、猫トイレを1個増やしてみることにした。

 猫は「排泄物が残ったトイレに入りたくない」「臭いが残っているから嫌」などの理由でトイレを使わなくなることがあるという。そのためトイレの数は、単独飼育だったとしても猫の頭数+1個が理想といわれる。

 だが千明さんは、「キュウがそんなに神経質なはずはない」と思い込んでいた。

 さっそく、トイレを買ってきて、以前からあるトイレの横に並べた。帰宅した母は「私の寝室は猫のトイレじゃないのよ」ととまどっていたが、一度テストさせてほしいと頼みこんだ。

 翌日、2つ並んだトイレを見ると、両方の猫砂の上に使用したあとがあった。千明さんは期待に胸を膨らませながら、すぐに掃除をした。

 それから数日がたった。「キュウ、最近よそでオシッコをしないんじゃない?」と母と話をした。

 1週間、1カ月と、粗相をしない日が続いた。気がついたら、トイレ以外でキュウの排泄物を見ることはなくなっていた。

(次回は4月12日公開予定です)

【前の回】慎重派の猫「パンケ」 はじめて猫らしく鳴き、家族が歓喜したあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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