「見合って見合って、はっけよーい」(小林写函撮影)
「見合って見合って、はっけよーい」(小林写函撮影)

慎重派の猫「パンケ」 はじめて猫らしく鳴き、家族が歓喜したあの日

 処置が終わって、夫のクマゾウさんとユウさんがパンケを迎えに行った。

 動物病院からもどると、ユウさんが駆け込んできて、開口一番、叫んだ。

「ママ!パンケがニャーって鳴いたんだよ」

(末尾に写真特集があります)

家のなかできちんと猫を飼いたい

 郊外の古い一軒家で夫のクマゾウさんと、中学1年生の娘のユウさんと暮らすキキさんが、保護猫の「ぺンケ」と「パンケ」を迎えたのは2022年8月だった。

 キキさんは以前から家の敷地内にやってくる外猫たちの世話をしていた。衰弱した老猫を看取ったり、若い母猫の出産に立ち会ったり、その母猫が子猫を自立させようと威嚇する様を見て驚いたりしてきた。そんな環境で過ごしたユウさんも、自然と猫好きに育った。

 いつかは家の中できちんと猫を飼いたい。キキさんはそう思っていた。だが夫婦の仕事はフリーランスで出張も多く、一人娘を育てることで精一杯だった。

 ユウさんが中学にあがるタイミングで、そろそろ時期だと判断した。ユウさんが、保護猫を迎えたいと希望したからだ。

 ちょうど近所の動物病院が、動物愛護センターに収容された猫を預かり、譲渡先を探す活動をしていた。ここから、生後3カ月の2匹の兄弟猫を引き取った。

 白黒ハチワレ猫を「ペンケ」、キジ白猫を「パンケ」と名付けた。アイヌ由来の言葉で「ペンケパンケ」は対で使われ、日本語でいうなら「上下」にあたる。北海道では「ペンケ山(沼)」「パンケ山(沼)」というように、自然の中でよく見られる名前で、響きがかわいらしいことから選んだ。

「ぺンケです。あ、ご飯だ。パンケに横取りされる前に食べなきゃ」(小林写函撮影)

 生まれてすぐに母親から離れ、動物病院の人工ミルクで育ち、ケージの中しか知らなかった2匹は、広い世界で過ごせる期待にワクワクしているようだった。初日から家の中を積極的に探検し、すぐに環境になじんだ。

活発派と慎重派

 2匹はとても仲がよかったが、性格は違っていた。

 ペンケは好奇心旺盛で活発。新しいおもちゃにもすぐに飛びつくし、人間が食べるものにも興味を示す。洗面台の蛇口をひねることを覚え、気がつくと水が出しっぱなしになるようになったときには閉口した。

 プチ家出を繰り返したのもペンケだ。最初は家に迎えて半年後だった。玄関を開けたとたんに飛び出して行き、そのまま通りを渡って向かいのマンションの敷地に入ってしまった。

 すぐに戻ってきて、車の下にうずくまっているところを、キャットフードの袋をかしゃかしゃ鳴らして誘き出した。結果として15分程度の短い家出だったが、肝を冷やした。どうやら、外に気になる猫がいると出たくなるようなのだが、その後、脱走防止柵を設置し、なんとか踏みとどまってもらっている。

「僕はパンケだよ。ご飯食べるの大好きさ」(小林写函撮影)

 いっぽう、パンケに冒険心はなく、慎重派だ。食いしん坊で、目を離すとペンケのご飯を横から食べてしまうので、ペンケに比べてぽっちゃりしている。

 繊細なところがあり、家に迎えて半年後、キキさんたちがペットシッターに託して数日間外泊したときは、しばらくの間、風呂場や洗面台などで排便したこともあった。

 気がかりなのは、パンケが鳴かないことだった。

 ペンケはおしゃべりで、「なでて」「遊んで」と、要求を「ニャーニャー」鳴いて訴えてくる。一方のパンケはごくまれにし鳴かない。

 しかも絞り出すような「キュル、キュル」と小さな声だ。一度、誤ってパンケを部屋に閉じ込めてしまったことがあった。「なんだか、踏むと音が鳴るサンダルのような音がするな」と思ったら、ペンケが発っする声だった。それではじめて、パンケの鳴き声を知った。

 鳴き声について、譲渡してもらった動物病院では特に何も言われていなかった。アレルギー体質なのか、くしゃみをすることが多く、それも何か関係あるのだろう、そういう個性なのだろうとキキさんは考えるようにしていた。

「ストーブにあたりたいなら僕を倒してからだよ、ぺンケ」(小林写函撮影)

 しかし、パンケの性格を見ていると、実は自分たちに心を開いていないのではないかと思えるときもあった。人間でも、たとえば知らない家に預けられた子どもが、その家の大人に簡単に心を開くとは限らない。

 生まれてからずっと一緒にいるペンケのことは信頼し、無邪気に遊んではいる。でもキキさんたちに対しては、甘えたり、声を出して要求することを、ひょっとしたらためらっているのかもしれない。

パンケに異変

 家に迎えて1年が過ぎたある日の夜だった。パンケがトイレに出たり入ったりの行動を繰り返した。

 翌朝は、ソファの下にもぐったまま、ご飯を用意しても出てこなかった。ご飯さえ出せば、遊んでいる最中でも、多少具合が悪くても飛んでくるパンケなのに、これはおかしい。

 すぐに動物病院に運んだ。

 診断結果はストラバイト結石だった。尿を出す処置をするため、一度帰宅してまた迎えにくるようにと獣医師に言われた。

 病気の前兆は特になかったはずだ。だが思い返せば数日前、キキさんたちは家を留守にした。その後、ちょっと尿の匂いが臭くなった気はしていた。

 パンケは、こちらが思っている以上に繊細で、ストレスに弱いのかもしれない。しっかり見ていてやらなければとキキさんは思った。

「お母さんが言うには、ここは昭和な感じの家なんだって。いいでしょ。でもさ、昭和ってなに?」(小林写函撮影)

 処置が終わって、夫のクマゾウさんとユウさんがパンケを迎えに行った。

 動物病院からもどると、ユウさんが駆け込んできて、開口一番、叫んだ。

「ママ!パンケがニャーって鳴いたんだよ」

 クマゾウさんが運転する車中でのできごとだったそうだ。いつもの「キュル、キュル」ではなく、確かに「ニャア」と、やや高い声で発音したという。

 なかば信じられない思いで、ケージの中のパンケをのぞく。尿を出してもらったせいか、はじめて猫らしく鳴いたせいか、ひと皮向けたようなすっきりとした顔をしていた。

 それから数カ月後、キキさんは家にいるとき、はじめてパンケの「ニャア」という鳴き声を聞いた。パンケはソファに飛び乗り、じっとキキさんの目をみつめていた。

(次回は3月8日公開予定です)

【前の回】生きる糧だった愛猫を亡くし面影を探す日々 「前を向けた」2匹の猫と出会ったあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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