動物と人の真の共生を目指す 医療の現場で人のために働く犬、犬のキモチで考えてみた

手術室に向かう患者に付き添う「モリス」。「モリスが一緒ならがんばる!」と手術に対する不安感を取り除く。モリスは楽しいお散歩気分?

 公益社団法人「アニマル・ドネーション」(アニドネ)代表理事の西平衣里です。この連載は「犬や猫のためにできること」がテーマです。

「使役犬」という言葉があります。私は個人的にはあまり好きではありません。なぜなら、人間の都合で何かを強いている感じがするから。犬猫が大好きなsippo読者さんの中には同感してくれる方もおられるのではないでしょうか。今回は病院で動物介在療法を行う犬として4年間勤務し、この春に引退した白いスタンダード・プードルの「モリス」のキモチを想像して記事を書いてみます。

 介在活動とは人の都合なのか、犬がどう感じているのか、犬の存在の可能性とは、を私なりに考えました。

(文末に写真特集があります)

スウェーデンからきたスーパープードル?

「僕は今、懸命に働いています」というよりは、ただ楽しくてここにいるといった方がマッチしているモリス。キリスト教の精神に基づいた医療を行う聖マリアンナ医科大学病院(以下:聖マリアンナ)では「愛ある医療」を掲げています。そんな病院が動物介在療法を行いたい、とプロジェクトを立ち上げたのが9年前。病院で介在犬を育成することはできず、愛知県に施設を持つ社会福祉法人「日本介助犬協会」にぜひ一緒に、と声をかけたそう。

 その時期、日本介助犬協会ではスウェーデンの盲導犬育成団体からキャリアチェンジ犬を譲り受け、介助犬として育成する予定がありました。「ミカ」という名前の黒いスタンダード・プードルは、物おじをせず、とにかく人に触れ合ってもらうことが大好きな性格で、動物介在療法に向いているのでは、と導入を決断。その後、ミカの引退にあたり同じスウェーデンの団体から引き受けたモリスは、ミカの血縁にあたります。同じく誰にでも寄っていき、いつも穏やかなモリス。2匹のプードルは、約400件の動物介在療法の実績を残すこととなりました。

 人間の病気を治療する犬なんて、特別の犬種で特別なトレーニングを受けたスーパードッグでは?と考えてしまいがちですが、ミカもモリスも基礎的なトレーニング以外は受けていません。もちろん、持って生まれた特性が何より大事なので、その見極めはプロである日本介助犬協会のトレーナーが行なっています。普通の優しい犬で、クリクリの毛を持つスタンプーたちが、4年にわたってお医者さんや看護師さんではできないことをやってのけた話なのです。

朝の通勤風景 「おはよう!モリス」と守衛さんにも大人気

人の心を溶かす天性の力

 モリスとパートナーシップを築き、ハンドラーを行っている看護師の大泉奈々さんと竹田志津代さんに、モリスと患者さんとのエピソードをお聞きしました。

「モリスはカミナリが苦手です。ある時、なかなか良くなっていかない病状に不安といらだちを募らせ、日常ケアや検査を拒否し、易怒的になっている患者さまがいました。初めてお部屋にうかがうと、頭から布団をかぶって誰も寄せ付けない雰囲気がありました。そこへモリスがそばにごあいさつにいくと、布団の中から目の場所だけ隙間を開けて、モリスを覗いていました。まさにそのとき、窓の外からゴロゴロとカミナリの音がして、モリスが私の方に近づき怖がるようすを見せました。すると患者さまは、『カミナリ、怖いよなぁ』と言いながら、布団から手を伸ばしモリスを優しくなでてくれました。

 モリスはカミナリが苦手なので、今日は活動を中断し引き返そうと考えましたが、モリスは患者さまのにお尻を寄せて安心し始めました。

 私たちは、患者さまのモリスのことを思いやる気持ちが、モリスにも伝わって安心出来ていることを伝えました」

患者さんが書いてくれたモリスへのメッセージ

「この患者さんが、モリスの様子をみて感じ取り応えようとする気持ちを活かして、次からはソファーでモリスがくつろげる場所にお誘いし、その時間までに清拭や着替えなどの準備を済ませ、そのままリハビリの時間につなげていくという介入を計画しました。

『どうせ良くならないから』という投げやりな気持ちが強く、清拭や着替えをしないと感染リスクが高まるという理由や、動かないと筋力が低下してしまうという理由ではできなかったことが、『モリスが会いに来るから』という理由にすることで受入れられるようになりました。これは、不安の軽減でもあり、意欲の向上であり、リハビリへの介入ともなります。介入を重ねていくと、周囲の医療者ともモリスのことを話題にコミュニケーションを図れるようになり、穏やかな表情でいられる時間が増えていきました。

 この患者さまは療養病院に転院となりましたが、その際に鉛筆やお箸を握ることも難しい不自由さにも関わらず、モリスの素適なデッサンをくださいました」

患者さんが不自由な手で描いたモリス。黒いまん丸な目で見つめられると心が溶ける気がする

 当たり前ですが、入院をしている患者さんは病気と闘っています。毎日つらい検査や治療、手術と向き合っています。そんな時に長い尻尾をフリフリとさせながら「具合はどう?」とでも言いたげに「僕のモフモフを触っていいよ」とすり寄ってきてくれる犬がいたなら、そのまっすぐなキモチがありがたく、私も治療をがんばらなくちゃ、と素直に思えるのだろうと感じました。

ハンドラーは医療従事者であり、モリスの家族

 ハンドラーとは、介在犬とパートナーシップを築き、介在犬と一緒に活動する人のことを指します。

 モリスを育成した日本介助犬協会では、ハンドラーが介在犬を飼育することを条件としています。勤務犬時代のモリスは、週末はハンドラーの竹田さん宅で過ごし、平日はハンドラーの大泉さんのところで過ごしていました。いずれのハンドラーさんにもご家族があり、モリスは週に2回の勤務日以外は、普通の家庭犬として過ごしてきました。

家族と一緒に公園へ。ちなみにオランダは断尾を禁止している国。だからモリスの尻尾は長い

 引退後は、大泉さんがモリスを引き取ることになっていました。介在犬として働いている間のモリスの所有権は日本介助犬協会にありましたが、正式に譲渡され、大泉さんと終生をともに生きることになります。

 モリスにしてみれば、おそらく平日だからこっちの家族、休日だからあっちの家族、なんて考えてはおらず、どちらとも大好きな家族。子供たちと共に成長し、旅行や散歩を楽しむ生活の中で、週に2回はベッドがたくさん置いてあるところに遊びにいくという感覚だったのではないでしょうか。

 そう、犬にとっては「働かされている」という感覚はなく、日々好きな人に囲まれてありのままのモリスでいるのです。これは動物福祉の観点からも無理をさせておらず、大変よく考えられていると思いました。

モリスの「好き」を患者さんと一緒に作っていくことが治療となる

 また、今回お話を聞いて素晴らしいと思ったポイントは、「目的を持って治療計画を立てる」ことです。モリスにとっては日常のお出かけの一環ではあるけれど、ただ病院にいるわけではなく、患者さんごとに犬を介入させる目的を決めていくそうです。治療計画の中で、モリスと何をすると治療になるのかをハンドラーや医師で考えていくのです。その結果、ミカとモリスは8年間で約400件、そのうち小児患者には約50件の動物介在療法を実施しました。そして、患者目標の達成率は95%以上という結果を残したそうです。

 悪性リンパ腫のお子さんは複数回モリスと接し、介在療法を実施したことで、不安や恐怖感が軽減しました。ひどい外傷を負ったお子さんは外傷後にPTSDを発症していましたが、モリスと接することで情緒的安定につながったといいます。筋ジストロフィーの患者さんは、お子さんのみならず母親の情緒的安定ももたらしました。

手術室にも入り、患者の麻酔が効くまで寄り添うモリス。モリスがいるから安心して注射を受け入れる

 ハンドラーさんに、計画を立てる際のポイントを聞きました。

「モリスに何をお願いするかは、患者さん個々の目標に沿って決めていきます。なんの目的もなくただ犬と会うのではなく、病棟の看護師や医師が、患者さんの困りごと(例えば意欲が低下していてリハビリが進まない・思うようにいかない現状にいらだち周囲とのコミュニケーションを拒んでしまう、など)に対して、どのようにアプローチしていこうか、と考えます。

 その際に大事なことは、モリスにとっても、心地いいことや、楽しいことを取り入れたアプローチ方法にすることです。モリスの得意なことは、患者さんにおなかをなでてもらうと、すぐにリラックスできることです。特にベッドの上で患者さんにひざ枕をしてもらうと、うっとりといい気持ちになり、全身を患者さんにゆだねていきます。苦手とすることは、雷の音と、吸引の音です。たんを吸引する音は聞き慣れていないため、なんの音?と気にして落ち着かなくなるときがあります」

ふざけて手術帽をかぶっているわけではありません。手術室に入る子供たちと一緒にかぶることで緊張を和らげています

「吸引が必要な患者さんのところにいく際には、事前にたんの吸引を済ませておいてもらうなど工夫します。雷は予測できない、回避できない音なので、雷で震えてしまう時は活動そのものをお休みしたり、なでてもらって安心を得られそうであれば患者さんのところで慰めてもったりすることもあります」

 モリスにはもちろん、「病気を自分が治す」という意識はないでしょう。患者さんと接するのは、楽しいから、好きだから、という気持ちなのです。雷が苦手な犬は多いですよね。そう、モリスはスーパードッグに見えるけれど、いたって普通の犬。普通の犬が無理せず接する姿に患者さんたちは励まされるのでしょう。

犬に無理はさせない、が大原則

 今回、聖マリアンナの取り組みを拝見させていただき、まさに犬と人はパートナー関係にあると思うことができました。犬と人はその歴史上においても、さまざまな場面で協働し、ともに生きてきました。「勤務犬」と聞くとスペシャルなことに感じるかもしれませんが、連綿と紡いできた犬と人の絆を、病気と闘っている方達へも届ける、という活動が動物介在療法なんだと、私なり解釈しました。

 7歳で引退したモリス。病院に行くことはなくなり、もしかしたら少しお暇になるのかもしれませんが、引き続きハンドラーの家族と楽しく過ごしてほしいと思いました。こういった犬の存在を多くの方に知ってもらい、犬への理解が深まることもまた、私たちアニドネが目指す「動物と人との真の共生」につながると、私自身もモリスに学ばせてもらいました。

 いやはや、犬のチカラは底知れず、ですね!

(次回は8月5日公開予定です) 

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西平衣里
(株)リクルートの結婚情報誌「ゼクシィ」の創刊メンバー、クリエイティブディレクターとして携わる。14年の勤務後、ヘアサロン経営を経て、アニマル・ドネーションを設立。寄付サイト運営を自身の生きた証としての社会貢献と位置づけ、日本が動物にとって真に優しい国になるよう活動中。「犬と」ワタシの生活がもっと楽しくなるセレクトショップ「INUTO」プロデユーサー。アニマル・ドネーション:http://www.animaldonation.org。INUTO:http://inuto.jp

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この連載について
犬や猫のために出来ること
動物福祉の団体を支援する寄付サイト「アニマル・ドネーション」の代表・西平衣里さんが、犬や猫の保護活動について紹介します。
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