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11人の怒れる検察審査員!? 不起訴だった猫の虐待事件に「起訴相当」の議決

 ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主の暮らしにとって身近な話題を法律の視点から解説します。今回は動物虐待事案において重要な役割を果たしている「検察審査会」についての話です。

「裁判員制度」と「検察審査会」

 法廷モノの映画、その中でも陪審員に焦点を当てた有名な作品といえば、『12人の怒れる男』(監督シドニー・ルメット、主演ヘンリーフォンダ/1959年)です。この映画から着想を得た三谷幸喜氏が、もしも日本に陪審員制度があったら……という設定で、『12人の優しい日本人』という舞台脚本を書き、その後映画化されました(出演豊川悦司ら/1991年)。

 その後2009年から、現実の世界でも、重大事件の刑事裁判について、3名の裁判官とともに6名の裁判員が審理に加わり、有罪か無罪の判断や有罪とされた場合の量刑を決める裁判員制度が始まりました。

 裁判員制度は、導入前からニュースで大きく報道され、実際に制度がスタートしてからも、裁判員が関わった事件については「裁判員裁判」と記載されています。実際に裁判員として法壇に座ったことがなくても、裁判員候補者名簿に登録されている方もいるでしょうから、比較的知られているように思います。

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 これに対し、あまり聞きなれない制度として、検察審査会というものがあります。稀に社会的・政治的な事件で報道されることはありますが、裁判員制度と比べてあまりメディアで報じられる機会は少ないので、一般に知られていないのではないかと思います。

 しかしながら、この検察審査会は、動物虐待事案について、重要な役割を果たしています。

刑事事件の一部に民意を反映させる「検察審査会」

 検察庁が不起訴処分をした場合に、被害者など一定の利害関係を有する者が、検察審査会に異議申し立てができる制度です。「検察」の名称はついていますが、検察庁の不起訴処分の当否を審査するわけですから、検察庁とは別の機関であり、裁判所の中に設置されています。

 刑事手続の一部に民意を反映させる機能を持つ点で、裁判員制度と並んで、珍しい手続といえます。

他の刑事事件に比べて割合が高い、動物虐待事件に対する「不起訴不当」

 裁判所ウェブサイトの統計によると、審査結果の内訳は、「不起訴相当」が59.8%と半数以上で、「不起訴不当」は9.0%と1割足らず、「起訴相当」に至っては1.4%と非常に狭き門であり、基本的には専門家である検察官の判断に問題はないとされていることがわかります。

 一般的にはこのような割合になるとしても、この統計数値は、私がこれまでに動物虐待事案で検察審査会申立てをした審査結果の割合とはかなり違いがあります。

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 具体的には、不起訴不当の割合が1割程度ということは決してなく、30%~50%位は不起訴不当とされているというのが肌感覚です。動物虐待事案においては、検察による不起訴の判断に対し、一般市民で構成される検察審査会が「No」を突き付ける傾向があるといえます。

昨年起きた動物傷害罪にも起訴猶予

 最近の具体的事例として、飼い猫にアルコールをかけて火をつけ、大やけどを負わせた動物傷害罪の事件について、告発を受理した検察庁が不起訴処分をしました。犯罪事実は認められるけれど、被疑者側にも一定の酌むべき事情があるとして、不起訴にしたとのことでした(これを「起訴猶予」といいます)。

 しかしながら、動物殺傷罪は、2019年の法改正で法定刑が大幅に引き上げられ、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金は、他の犯罪と比べても決して軽微なものとはいえない犯罪類型とされています。この事件は、2020年に厳罰化の法改正が施行された後に行われたものですが、検察官もそのことを十分承知した上で、不起訴の判断をしています。

 決して言葉にはされませんが、たかが猫1匹で、結果的に死んでもいないのだからと軽く考えられたのか?と疑問を抱かざるを得ず、告発人とも相談して、検察審査会に申し立てをしました。

検察審査会の申し立てにより逆転「起訴相当」

 検察審査会は、公平性の担保のため、その審理過程は公開されず、いつ会議が開かれているかさえも告発人にはわかりません。数か月待ったところで議決書が届きました。

 議決の内容は――「起訴相当」。

 この議決は、不起訴が不当というにとどまらず、起訴すべき事案であるとの判断であり、検察の不起訴処分に対し、より強く反対意見を表明するものといえます。11名の検察審査員のうち、8名以上が賛成しなければできない議決で、何名が賛成したかは示されませんが、ほとんどの市民がおかしいという意見であったことがうかがえます。

感銘を受けた、「猫の命は人間と何ら変わらない」という文言

 議決の理由には、検察庁が起訴猶予の事情として指摘した事項について、有利な材料とすることはできないと述べた上で、この事案を不起訴とするのは厳罰化の意義を損なうことになりかねないと明言しています。さらには、「猫を飼うということは新たな家族を迎え、その命を預かるということであり、その命は人間と何ら変わらない。」と、裁判官・検察官・弁護士ら法曹関係者では決して踏み込めない部分まで踏み込んで書かれており、驚きとともに感銘を受けました。

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 最終的な事件の顛末ですが、検察審査会の議決は、原則として法律上の拘束力はないため、検察が再捜査してもあらためて不起訴にする可能性は否定できませんでした。ただ、検察官は被疑者を略式起訴し(求刑は極めて低額の罰金)、裁判所はそのとおり罰金刑の判決を言い渡し、幕引きとなりました。

 以上の経過については、告発人の1人である公益財団法人動物環境・福祉協会Evaのウェブサイトに詳しく記載されていますので、あわせてご参照いただければと思います。

【前の回】猫の殺処分数のうち幼齢猫の割合が全体の66% 不幸な猫を増やさないためには?

細川敦史
2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物に対する虐待をなくすためのNPO法人どうぶつ弁護団理事長、動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。

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この連載について
おしえて、ペットの弁護士さん
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