犬がいる高齢者施設、入居者も職員も笑顔に 地域との架け橋の役割も担っている

特別養護老人ホーム「南永田桜樹の森」の施設犬なつを抱っこする入居者の女性

 横浜市にある特別養護老人ホームでは、何代にもわたって犬が同居している。日常の中に犬がいてくれるよさとはどんなものだろうか。

始まりはセラピー犬の施設訪問

 横浜市旭区には36年前から動物たちが同居している高齢者施設がある。社会福祉法人秀峰会の特別養護老人ホーム「さくら苑」だ。

 さくら苑は公益社団法人動物病院協会(JAHA)のCAPP活動を最初に受け入れた施設でもある。CAPP(コンパニオン・アニマル・パートナーシップ・プログラム)活動とは、JAHAが定める活動参加基準を満たした動物たちとその飼い主が、高齢者施設などの福祉施設や病院、学校、図書館などを訪問し、動物介在活動・動物介在療法、動物介在教育をおこなうというもの。いまでこそセラピー犬などによる施設訪問はさまざまな団体によっておこなわれるようになっているが、その先駆けとなったのがCAPP活動だ。

いっしょに暮らしたい

 1986年5月、さくら苑の春祭りにJAHAの犬や猫たちが参加した際、当時の施設長だった桜井里二さん(現在は社会福祉法人秀峰会の経営顧問)は、訪問を受けるだけでなく、できればいっしょに暮らしたい、とJAHAに要望。マリーとヘレンという二頭のラブラドール・レトリバーの寄贈を受けた。

 それ以来、動物との同居は秀峰会の他の施設にも広がり、現在は13の施設で犬や猫がともに暮らしているそうだ。

施設犬
「さくら苑」の施設犬、秀に声をかける入居者たち

 4月の終わり、さくら苑を訪問すると、シーズーの「秀」くんが玄関で出迎えてくれた。さくら苑の4代目の施設犬だ。特別養護老人ホームというのはふだんあまりのなじみのない場所だが、なんとも泰然とした風情の秀くんのお出迎えを受け、一気に肩の力が抜けた。

 施設長の奥野天元さんも、犬がいることのよさとして、真っ先に「施設の雰囲気がよくなること」を挙げる。
「ここを家族的な、家庭のような雰囲気にしたいんです。秀も家庭犬としてここにいます」

犬が入居者や職員を笑顔にする

 入居者とその家族にとってだけでなく、職員にとっても秀くんの癒し効果は大きいという。さくら苑で働き始めて7年目という介護職員の男性に話を聞くと、「秀がフロアに上がってくると癒されます。職員にも寄ってきて足にスリスリしてくれて、忙しいときでもストレスが軽くなります」と笑顔になった。さくら苑の入居者の要介護度は4.4ほど。秀は負荷の重い仕事を担う介護職員のメンタルヘルスにも貢献しているのだ。

入居者も職員も笑顔にするシーズーの「秀」

 さくら苑では、月1回のCAPP活動も並行しておこなわれている。コロナ禍のため現在は中断を余儀なくされているが、入居者にはとても好評で、ふだんはないような生き生きとした表情が見られるそうだ。犬と接することで、重度の認知症の人も一時的に意識が覚醒するという。

 このほかにも、“アニマルセラピー”に関する講座を受講して勉強した職員が、週3回、1回30分、秀とのふれあいタイムを設けていて、歩ける人は秀を連れて散歩に行ったりしているそうだ。

地域との懸け橋にも

 一方、秀峰会の別の特別養護老人ホーム「南永田桜樹の森」では、「なっちゃん」とみなに親しまれるシーズーの女の子「なつ」が大活躍している。

 近所に住む女性がボランティアとして毎日なつを散歩に連れ出してくれるので、地域の人々には「桜樹の森のなっちゃん」として知れわたっているという。

 コロナ禍の前は小学生の男の子たちがなつに会いたくて施設に遊びに来たりもしていたそうだ。なつは入居者やデイサービスの利用者、職員を和ませるだけでなく、地域との架け橋としての役割も担っているのだ。

犬の散歩
「南永田桜樹の森」では、近所の女性が「なつ」を散歩させてくれる

安心感や幸せをもたらす

 施設の中でもなつの存在はとても大きいようだ。なつの健康管理としつけを担当する職員の石渡さんによると、口腔ケアに拒否の強い80代の男性が、なつを膝に乗せているときは受け入れてくれるという。

「いつも厳しい表情をされているのが、なつを見たとたん満面の笑みを浮かべ、みんな「え〜っ」と驚きました。とても無口なので、言葉を話さない人なんだと3年ぐらい思っていたのですが、突然「犬っていうのはさあ」と話し始めて」

 他にもなつがそばにいればケアを受け入れるという女性がいたり、不安で「家に帰りたい」と言う人が、なつが寄り添うと落ち着いたりするなど、なつは多くの人にとって欠かせない存在だ。

入居者の生活フロアでも人気の「なつ」

 施設の中にはなつ専用のスペースがあり、決まった時間に散歩、食事、就寝と規則正しいルーティンがある。それ以外は基本的にマイペースで自由に過ごす。人が大好きというなつだが、自分がどれほどみんなに愛されているかもよく知っているにちがいない。なつが廊下を歩くだけで、「かわいい〜」「なっちゃ〜ん」と声がかかり、みんなが笑顔になる。

「なつ」に会うのが楽しみでデイサービスに来る人もいる

 最後まで動物とともに暮らしたいと望む人々にとって、さくら苑や桜樹の森のような施設、あるいは自分の伴侶動物を連れて入居できる施設が増えたらどんなにありがたいだろう。

 施設犬の導入を成功させるには、適性のある犬の選択、入居者と家族の理解、犬にとって快適な環境づくり、適切な健康管理やしつけなどさまざまな条件はあるが、動物病院やドッグトレーナー、世話を手伝うボランティアなど多くの人がかかわることによって実現へのハードルは下がるのではないだろうか。最後まで動物との生活をあきらめなくていい日が来てほしいと思う。

(次回は6月22日公開予定です)

【前の回】足取りは力強く、確かなものに 3頭の盲導犬とともに歩む人生

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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