犬の「ハッチ」とアジリティ
犬の「ハッチ」とアジリティ

子どものコミュニケーションの扉を開く動物たち 自然の中にある児童発達支援センターへ

 発達に障害のある子どもたちが、豊かな自然の中で、動物たちとのかかわりを動機づけとして成長していく。そんな「アニマルセラピー」を実践している療育施設が千葉にある。

千葉県にある児童発達支援センター

 千葉県木更津市真里谷には、子どもたちが自然の中で動物たちとふれあいながら療育を受けられる場所がある。「社会福祉法人のゆり会」が運営する児童発達支援センター「のぞみ牧場学園」だ。

 総面積1万坪ののびやかな空間には、馬、羊、チャボ、犬、猫などの動物たちがいる。

 理事長で臨床言語士の津田望さんは1970年代から80年代にかけて英国に滞在しているときに「アニマルセラピー」に出会い、日本での療育に取り入れた先駆者だ。

 学園では言語聴覚療法や作業療法に、音楽療法、そして動物を介在した「アニマルセラピー」(※)を組み合わせた総合的なセラピーをおこなっている。

(※)ここでの「アニマルセラピー」とは、ふれあいを中心とした動物介在活動Animal Assisted Activityと、作業療法士がかかわる乗馬セラピーAnimal Assisted Therapyのこと

馬や犬、猫と過ごす園での1日

 学園に通ってくるのは、自閉症、ダウン症、知的障害などのある0歳から6歳までの子どもたち35人。その他に小学生から中学生までの子どもたち約60人が夕方からのデイサービスにやってくる。

 私が訪問した日のアニマルセラピーの様子を記そう。

 朝10時半、担当のスタッフ瓜生さんが子どもたちに絵を見せて、これから何をするのか説明し、まず視覚的にインプット。

 その後、子どもたち待望の猫「マユ」が登場する。マユは学園の門の前に捨てられていた兄弟猫のうちの一匹。一人ずつ交代でマユにご飯をあげる間、マユにストレスを与えないよう、子どもたちは大きな声を出さず、じっと順番を待つ。

餌を食べる猫
猫の「マユ」に一人ずつご飯をあげる

 ご飯のあとは外へ出て、今度は犬の「ハッチ」と子どもたちが競争するアジリティ。ミックス犬のハッチは津田さんが保護した犬だ。多頭飼いをしていた飼い主が夜逃げをして置き去りにされた10匹の犬のうちの1匹だという。

 ポールを飛び越え、トンネルをくぐるハッチに、競争相手のはずなのに、「ハッチ、がんばれ〜」と子どもたちの声援が飛ぶ。

 アジリティが終わると、今度はブリタニー・スパニエルの「プラム」も加わり、犬たちを散歩させながら、丘の上にある園舎へ向かう。園舎の玄関で、犬たちにあげるおやつを買う“お買い物”をするためだ。

 動物介在活動のなかには、基本的な生活技術の練習がさりげなく組み込まれているのだ。

犬の散歩
犬たちといっしょに“お買い物”に行く

 散歩から戻ったあとはしばし自由時間。

 他の子どもたちが歓声をあげながら駆け回っている間も、犬たちのそばから離れず、粉シャンプーを毛にすり込んであげる子がいた。大好きな馬にあげるレタスを瓜生さんといっしょに摘みにいく子もいた。

犬のシャンプー
犬に粉シャンプーをつけてあげる子ども

 レタスを摘んだA君はその後個別指導の乗馬セラピーにも参加。

 乗馬は乗る人の平衡感覚を鍛えるとともに、温かい馬の体温にふれることで筋肉の緊張をほぐし、心身ともにリラックスさせる効果があるといわれる。

 A君は乗馬セラピー担当のスタッフ長谷川さんの指示のもと、馬に乗った状態で大きく手を伸ばしてアンパンマンのカードにタッチしたり、箱にボールを投げ入れるなどの課題をこなす。大きな馬の上で背筋をしゃんと伸ばしている姿はなかなかのものだ。セッションの最後には乗せてくれた馬の「ゆず」にお礼のニンジンをあげて鼻面をなで、「ありがとう」とあいさつした。

乗馬
乗馬セラピーのあとは馬に「ありがとう」のあいさつをする

動物たちとのふれあいの中で変化が生まれる

 これらのセラピーは子どもたちにどんな変化をもたらしているのだろうか。

 津田さんを始めとするスタッフの皆さんによると、大きな変化を感じた一人は自閉傾向のあるB君。学園に来た当初は何にも興味を示さず、窓の外ばかり見ていたそうで、他の子がそばに来るのも嫌がっていたという。

 それが、一年近くアニマルセラピーを続けるうちに動物とのふれあいが楽しみになり、動物園で自分から動物に餌をあげるようになって家族を驚かせたというのだ。

 学園でも集団での遊びができるようになり、対人関係がよくなったそう。

 また、感覚過敏で帽子がかぶれない子どもが、大好きな乗馬のヘルメットならかぶれるようになったり、力かげんがわからなかった子どもがそっと犬をなでられるようになったり、乱暴だった子が優しく犬をハグできるようになり、他の子どもたちとの関係もよくなったりと、動物たちとのかかわりが動機づけとなり、その子の成長を促していることがうかがえる。

外界への最初の扉を開くのが動物たち

 津田さんはこう語る。

「まずは外界のことに心を開いていくこと。自然であれ、動物であれ、人間であれ、他者に興味を持ち、心を開けるようになることがコミュニケーションの基本なんです。そのコミュニケーションの最初の扉を開くのが動物なんだと思います」

 いったん心の扉が開かれれば、そこからさまざまな学びが始まる。

 のぞみ牧場学園でその手助けをするのは、多くが保護された動物たちだ。「幸せでない動物が人を幸せにすることはできない」という津田さんの信念のもと、のびやかな環境で暮らす動物たちとともに過ごす時間は、子どもたちにとってどれほど貴重なものかと思う。

(次回は4月27日公開予定です)

【前の回】子どもたちの不安を和らげる ワクチン接種会場で活躍するセラピー犬

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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