子どもたちの不安を和らげる ワクチン接種会場で活躍するセラピー犬

セラピー犬チアとハンドラーのルースに付き添われ、ワクチン接種を受ける女の子(撮影:Rick Wallace)

 大人でも緊張する新型コロナウイルスのワクチン接種。アメリカのある地域で子どもたちの接種会場にセラピー犬を派遣する試みがおこなわれていると聞き、リモート取材した。

アメリカ・バション島での試み

 日本でも5~11歳の子どもへの新型コロナウイルスのワクチン接種が2月下旬から開始される見通しとなった。大人でも注射は嫌なものだが、子どもたちにとってはなおさらだろう。

 そんなとき、もしそばに優しい目をしたセラピー犬が付き添ってくれたら?
 犬をなでているうちに接種が終わるとしたら?

 アメリカ・ワシントン州にあるバション島では、そんな試みが実際におこなわれている。アメリカではすでに昨年11月から子どもへの接種が始まっているが、バション島では子どもたちの不安を和らげるのにセラピー犬がひと役買っているのだ。

子どもたちのために知恵を集結

 ワクチン接種が子どもたちにとってネガティブな経験とならないようにするにはどうしたらいいか。小児科医なども交えた地域のリーダーたちの話し合いの場には、バション島のメンタルへルスケアを担うチームのコーディネーターで、セラピストのジンナ・リスドルがいた。

 実は彼女は「ペット・パートナーズ」というセラピーアニマルの全国組織の認定担当者であり、トレーナーでもある。そこで接種会場にセラピー犬のチームを派遣するというアイデアが出てきたのだった。

女性と犬
接種の順番を待つ高校生を励ますセラピー犬レイン(撮影:Rick Wallace)

 1977年に設立されたペット・パートナーズ(2012年までは「デルタ・ソサエティ」と呼ばれていた)は、人と動物の絆がもたらすポジティブな効果についての啓発とアニマルセラピーの普及を進めてきた全米最大規模の団体だ。

 バション島にはこの団体の認定を受けた人と動物のチームがなんと30以上もあるという。そのうち7つのセラピー犬チームが子どもたちの接種会場に行き、大人の会場でも3つのチームが活動することになった。

理解を得やすい文化とセラピー犬への信頼

 これが日本なら、まず「アレルギーは大丈夫か」「犬を怖がる子どもがいるのではないか」という心配の声が上がるだろう。

 だが、バション島の場合は、これまでも地域に貢献してきたジンナへの信頼もさることながら、会場に行くのはペットではなく、きちんと訓練され、セラピー犬として認定を受けた犬だということ、またもともと犬を飼っている人が多い地域であることなどから、人々の理解を得やすかったようだ。

 子どもたちのところに犬を連れていく際は、必ず「セラピー犬に来てほしい?」と聞くそうだが、断った子どもはほとんどいないという。

接種会場を運営するボランティアもセラピー犬「レイン」に癒される(撮影:Michelle Bates)

 ジンナの犬「レイン」はラブラドール・レトリーバーとゴールデン・レトリーバーのミックスで、盲導犬のキャリアチェンジ犬。コロナ禍の前は小学校や空港などを訪問し、子どもや大人のストレスを和らげる活動をしてきた。

 接種を嫌がる子どもに、ジンナはこう話しかけるという。

 「レインは関節炎があるの。だからレインも注射してもらわないといけないのよ」

 注射が怖くて部屋の中を逃げ回っていた8歳ぐらいの男の子も、レインがそばに行くと落ち着き、接種を受けたあとはけろっとして、「なんだ、そんなに痛くないじゃん」と言ったそうだ。

小学生の男の子のワクチン接種をサポートするセラピー犬マディ(撮影:Michelle Bates)

 オーストラリアン・シェパードのセラピー犬「チア」の飼い主で、ハンドラーでもあるルースも言う。

「『いやだー、ママー、やめてー』と泣き叫んでいるような子でも、チアが近くのテーブルの上に乗り、子どもと同じ目線になるように座ると、目に見えてリラックスするんです。そのタイミングで素早く接種を終え、チアの写真入りの野球カードをプレゼントします」

 1回目の経験がポジティブだったかどうかは2回目の接種を進めるためにも重要なことだが、チアの付き添いで1回目を受けられた子が2回目もチアをリクエストすることがあるという。セラピー犬がいなければとても接種はできなかった、と言われたこともあるそうだ。

カード
セラピー犬チアの野球カード。接種を終えた子どもにプレゼントする

 子どもたちの心を落ち着かせるセラピー犬チームには、接種を担う医療従事者たちから「こっちに来て〜」「手伝って〜」と次々に声がかかる。だが、1日の活動時間は、犬のストレスを考え、2時間まで。ルースとチアは1日2時間ずつ、これまで12日間活動したそうだ。

セラピー犬と人は同じ目的を共有する同士

 ルースとチアは、コロナ禍の前はシアトルにある子ども病院を訪問し、病気の子どもたちを励ましてきた。ワクチン接種会場でのボランティアは2年ぶりの活動だったが、チアはごく自然にセラピー犬としての役割に戻り、ルースを驚かせた。

「チアは私がどこに行こうとしているか言わなくてもわかります。どんな場所でもいっしょに行けます。私たちはひとつのチームとして同じ目的を共有していて、お互いに強い絆があるからなんです」

 アメリカでは、病院、高齢者施設、学校、裁判所、空港など、じつに幅広くセラピー犬が活躍しているが、コロナ禍でワクチン接種会場という新たな仕事場も加わった。

 人と犬の絆があるかぎり、セラピー犬の活躍の場はこれからもさらに広がっていくにちがいない。

(次回は3月23日公開予定です)
[前の回]芽吹き花開くかどうかはわからない それでも学校犬は子どもたちの心に種をまく

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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