ホームの看板犬「文福」と彼をかわいがっていた入居者さん。ふたりともナイススマイル!(さくらの里 山科提供)
ホームの看板犬「文福」と彼をかわいがっていた入居者さん。ふたりともナイススマイル!(さくらの里 山科提供)

未来へつなぐ 犬や猫と入居できる特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」<前編>

 人生最後の時までペットと暮らしたい。そう思っても、もし自宅での生活が難しくなった時はどうするのか、という問題も立ちはだかります。

 ペットと入居できる施設も増えていますが、まだ限定的で、公的施設ではほとんど聞きません。そんな中で希望の星と言えるのが、神奈川県横須賀市の「さくらの里 山科」です。全国でも稀なペットと入居できる特別養護老人ホームで、メディアでもしばしば取り上げられています。

 その実態とは? また、こうしたホームを作った理由は? 施設長の若山三千彦さんに聞きました。

犬・猫ユニットをフロアで住み分け

——まず「さくらの里 山科」の概要を教えてください。

 個室・ユニット型の特養で、規模は4階建て・全120床。うち20床はショートステイ用です。居住フロアの2~4階にユニットが4つずつあり、1ユニットは10の個室とリビングやお風呂などの共有スペースで構成されています。

 3フロアのうちペットと一緒に暮らせるのは2階部分。犬と暮らせるユニットが2つ、猫と暮らせるユニットが2つから構成されます。また、ホームの庭がドッグランになっており、犬ユニットからは直接出入りできます。

老人ホームの理事長
施設長で、ホームを運営する「社会福祉法人心の会」理事長の若山三千彦さん(さくらの里 山科提供)

——きっちり住み分けができているんですね。犬・猫ユニット内の様子は?

 犬や猫はそれぞれのユニット内であれば自由に過ごすことができ、入居者様の部屋にも入れます。一緒に眠ることもできますよ。

 頭数は原則1ユニット5匹までとしています。同伴入居の他に、高齢になってペットを飼うのをあきらめたがもう一度一緒に暮らしたいという方のために、保護犬や保護猫を高齢の子を中心に引き取ってきました。誰の犬、誰の猫と区別することなく、どの子もみんなでかわいがっています。

ペットと過ごせる老人ホーム
犬ユニットの様子。手前は福島第一原発の避難エリアに取り残され、ボランティアに救出された被災犬の「むっちゃん」(今は虹の橋に)。真ん中の「大喜」、奥の「文福」も保護犬だ(さくらの里 山科提供)

 初めの頃は保護犬・保護猫が半分以上でしたが、今は同伴入居の子が増えており、今後はそのニーズにキャパシティを充てていく予定です。飼い主様が亡くなられた後、そのままここで暮らしている子もいます。

——ホームで引き取ってもらうことができるのですね。

 それがないと安心していただけませんので、この体制を続けていきます。

同伴入居にかかる費用は飼育の実費のみ

——費用についても教えてください。

 公的施設である特養の費用は行政により決められており、収入や資産などに応じて金額が変わる仕組みで、基本はご本人の払える額になるはずです。

 そこにペットとのご入居の際に加わるのは、フード代や消耗品、医療費などの飼育にかかる実費のみで、入居のハードルを作らないようにしています。

 一方、亡くなられた方のペットをそのまま引き取る場合は、基本的に実費と世話代月5000円をご遺族にお願いしていますが、ご快諾いただけています。その後も会いに来られ、散歩などのボランティアをしていただくこともあり、交流が何年も続くことも多いんですよ。

猫ユニットで和む「チョロ」と入居者さん。チョロは一緒に入居したご夫婦が亡くなった後、ホームの子として7年間、かわいがられて暮らした(さくらの里 山科提供)

——遠方からの入居もありますか? あと特養は待機人数が多く、なかなか入れないイメージですが。

 横須賀市には特養の定員のうち8割は市内に住民票を置く人というルールがあり、残りの2割を、エリアを限定しない犬・猫ユニット優先にと考えています。ただ、遠方からのお問い合わせは多いものの、ご希望者の元へ出向く実地調査か必要なため、あまり遠いと難しく、これまでの受け入れ実績は関東圏から山梨県までです。

 待機については大都市ほどではなく、タイミングや状況によっては待たなくてもよい時もあります。

「あきらめない福祉」と、あるきっかけ

「さくらの里 山科」は、2012年の開設当初から犬・猫と暮らせるユニットを設けています。なぜそうしたかというと、「理念の中では当たり前のこと」と若山さんは話します。

「私たちが目指すのは“あきらめない福祉”です。高齢になっていろいろなことができなくなりあきらめていることを、できるようにするのが高齢者福祉の役割だと考えています。例えば食べることや旅行もそうで、食事や外出行事も業界トップクラスを自負しています。ペットと暮らすこともそのひとつです。しかし、それに気付いたのはあることがきっかけでした」

 以前、在宅介護事業でサポートしていた80代の男性が、自宅で暮らせなくなり、ずっと一緒に暮らしてきたミニチュア・ダックスフンドの引き取り手を探すも、見つからず、保健所に連れて行ってもらったそう。その後入居した施設に職員さんが見舞いに行くと、そこには号泣し、苦しむ男性の姿が。

「自分の家族を殺してしまったと、ずっと泣き嘆いていて、そのまま半年も経たずに亡くなりました。人生の最後を自責の念にとらわれながら終えさせてしまった。そんな福祉は間違っていると思い、ペットと入居できる施設を実現させようと考えたのです」

車に乗る老人と犬
一緒に入居し、共に難病に立ち向かった飼い主さんとキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの「ナナ」。飼い主さんは2年前、ナナは今年1月に生涯を閉じた(さくらの里山科提供)

 ペットと飼い主さんが一緒にいられる状況をただ叶えるだけ―。「さくらの里 山科」では、ペットがいることによる見返りのようなものも一切求めていません。しかし、結果的に動物と暮らすことでさまざまな効果が生じているといいます。

「犬や猫をなでたり、ブラシをかけたりすることはリハビリになり、体を動かすことで、拘縮が始まりかけた腕がある程度改善することがあります。お気に入りの子を探して歩いたり、車いすで移動したりするだけでも体力増進につながり、ふれあいや声かけによる認知症の改善も見られているのです」

仕事が増えてもここで働きたい

 それにしても思うのは、重労働と言われる介護現場でペットまで受け入れるのは、スタッフの方はさぞかし大変なのでは、ということです。

「世話の手間はありますが、犬・猫ユニットを担当しているのは犬や猫が好きな職員なので、むしろ楽しんでいます。通常よりも業務は多いはずですが、希望する人が多く、空きができたら行きたいという新人さんもいます」

 このことは若山さん自身も想定外だったそうですが、確かに、働く立場でも動物たちに癒やされたり、入居者さんとのふれあいの様子に和んだりするのは、想像に難くありません。

看取る犬
動物の力に驚かされることも多い。文福には人の最期を察知する力があるという(さくらの里山科提供)

「また、よく質問を受ける衛生面は、私たちも心配していたのですが杞憂でした。介護施設はペット飼育に向いているんです。そもそも排泄ケアに強く、床や壁も清潔を保ちやすい素材で、清掃も消毒も徹底しています。ペットがいるのに臭いがしないとよく驚かれますが、特別なことは何もしていないのです」

(後編に続く)

(次回は4月2日公開予定です)

[前の回]動物病院がバックアップ 「70歳からパピーとキトンと暮らすプログラム」

石井聖子
猫依存症の名古屋在住ライター。幼少期は犬、亀、鶏、インコと暮らし、猫歴は30年以上。現在は3ニャンズ(と夫)と同居。さらにワンコも一緒に暮らすのが野望。夢は弱い立場にいる動物と子ども、全ての人が一緒に幸せになれる方法を見つけること。

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この連載について
最後までペットと一緒に暮らしたい
「ペットをいつまで飼える?」本音は「最後まで一緒にいたい」。ペットの生涯に責任を持ちながら、できるだけ長く一緒に暮らすための可能性を探ります。
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