元保護猫の「かっちゃん」と、いつもこうしてまどろんでいた入居者さん。かっちゃんは後ろ足がややマヒしているが、今も元気に飛び回っている(さくらの里 山科提供)
元保護猫の「かっちゃん」と、いつもこうしてまどろんでいた入居者さん。かっちゃんは後ろ足がややマヒしているが、今も元気に飛び回っている(さくらの里 山科提供)

犬や猫がくれる生きる力 奇跡は起こる!特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」〈後編〉

 全国でも稀な、ペットと入居でき、共に暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」。前編はその概要や成り立ちなどを施設長の若山三千彦さんの案内で紹介しました。

 後編となる今回は、実際にどんな人が愛犬や愛猫と一緒に入居しているのか、ここでどんなことが起こっているのかを紹介します。

 また、こうした施設が増える可能性についても伺いました。

いくつものドラマがここに

 愛猫「祐介」と支え合うように暮らしていた後藤さん(仮名)は、持病が悪化する中、「自分にもしものことがあったらこの子は」という不安から、心身ともに急速に衰弱。ある日倒れていたのを祐介の鳴き声から発見され、入院後、「さくらの里山科」へ入居しました。

「猫と暮らせる施設なんてあるわけない」と初めは状況を理解できずにいましたが、祐介と一緒に暮らせるとわかってからはみるみる元気になり、好きな絵を楽しみ、周りの人たちと交流し、晩年の人生も謳歌するようになったそう。

 そしてその傍らにはいつも祐介が寄り添っていたといいます。

後藤さんと祐介。祐介は天寿を全うし、昨年春亡くなった(さくらの里 山科提供)
後藤さんと祐介。祐介は天寿を全うし、昨年春亡くなった(さくらの里 山科提供)

 末期がんで余命6カ月と宣告された伊藤さん(仮名)は、残る時間を愛犬のポメラニアン「チロ」と過ごしたいと願いました。宣告から2カ月以上が経って「さくらの里 山科」へ入居すると、介護や看護の力はもとより、チロとのかけがえのない時間が小さな奇跡を起こし、およそ3カ月と思われたホームでの生活は10カ月に及びました。

 最期の瞬間もチロはすぐ側にいて、「チロに看取ってほしい」という伊藤さんの願いを叶えました。

伊藤さんとチロ。チロは今もホームの子として元気に暮らしている(さくらの里 山科提供)
伊藤さんとチロ。チロは今もホームの子として元気に暮らしている(さくらの里 山科提供)

 愛犬と共に難病のリハビリに立ち向かった人もいます。愛猫と一度は離れてしまうも、再び一緒に暮らすことで認知症が改善し、自らの膝でその子の最期を見届けた人もいました。人とペットの数だけ奇跡が起こり、幸せな終章へと紡がれています。

 そして最大の奇跡と言えるのが、看取り犬「文福」です。

 元保護犬で、殺処分寸前から縁あってホームにやってきた柴犬の雑種、文福は、ある時から不思議な行動を始めます。入居者さんがターミナル期に入ると、部屋の前でじっとうなだれ、その時が来ると部屋に入り、ぴったり寄り添うようになったのです。

 これまでに何人もの方が文福に看取られ、安らかに天に召されていきました。

その奇跡を詳しく知れる本『看取り犬・文福』

 上記の入居者さんや文福のエピソード、また、施設の様子をより知ることができるのが、若山さんの著書『看取り犬・文福~人の命に寄り添う奇跡のペット物語』(宝島社)です。

 文福をはじめ、ホームで暮らす犬や猫と、人が織りなす感動の実話が凝縮されています。

『看取り犬・文福~人の命に寄り添う奇跡のペット物語』(宝島社)。表紙は『星守る犬』の漫画家・村上たかし氏による描き下ろしイラスト(さくらの里山科提供)
『看取り犬・文福~人の命に寄り添う奇跡のペット物語』(宝島社)。表紙は『星守る犬』の漫画家・村上たかし氏による描き下ろしイラスト(さくらの里山科提供)

 実はこの本自体にも、ちょっとしたドラマが。

 元は2019年7月に発売された『看取り犬・文福の奇跡』(東邦出版)が大反響を呼び、重版を繰り返しましたが出版元が破綻。廃版の危機にあったのが、「もったいない!」と声がかかり、2020年6月、装いも新たに復活を遂げたのです。

 その際、新編や一部の後日譚も入ってバージョンアップしました。

文福の看取りシーン(さくらの里 山科提供)
文福の看取りシーン(さくらの里 山科提供)

 あえて小説的なタッチで、文福が初めて看取り行動をした時のこと、同伴入居を叶える前と後などが、関わる人たちの心の動きまできめ細やかに描かれ、この連載のテーマでもある「ペットと最後まで暮らす」がいかに素晴らしいことかが改めて伝わってきます。

 さらに、この本を原作とする『マンガ 看取り犬・文福の奇跡』(学研プラス)も2021年9月に発売。それほどに愛される物語は、真実だからこそ胸を打つのでしょう。

意外に少ないニーズ!? でも先の望みは大

 ペットと一緒に入居・生活できる特養は長らく「さくらの里 山科」だけでしたが、昨年、熊本県に2つめとなる施設、地域密着型特別養護老人ホーム「音の森」ができました。その準備の際、「こうした施設が増えてほしい」という思いから「さくらの里山科」で蓄積してきたマニュアルを渡したそうです。

 この先、ペットと暮らせる特別養護老人ホームが増えていく可能性はどれぐらいあるのかを聞いてみると、「今はあまりありません。なぜならそれほどニーズが多くないからです」という、意外とも言える回答をいただきました。

「入居者様の平均年齢は90歳オーバーで、その方たちが過ごして来られた時間の大半はペット文化が広がる前です。動物は好きだけれど部屋に入れるのは嫌だという方もおられ、初めの頃はミスマッチが起きることもありました」

 これまでも同業からの問い合わせや見学が多く、ペットと入居できる体制の準備を進めるところもありました。しかしいざ始めてみたらニーズがほとんどなく、取りやめになるという事態も起きていたそうです。

愛犬を膝に歓談。右の方は愛犬ミックと入居。左の方は1年間他の施設で過ごし、ここで「ベラ」と再会。ベラは先に亡くなったが、一度はあきらめた一緒の時間を楽しむことができた(さくらの里 山科提供)
愛犬を膝に歓談。右の方は愛犬ミックと入居。左の方は1年間他の施設で過ごし、ここで「ベラ」と再会。ベラは先に亡くなったが、一度はあきらめた一緒の時間を楽しむことができた(さくらの里 山科提供)

「でも、団塊の世代が90代になる頃には状況が変わり、増えてくると思います。ペット同伴で自立度の高い施設から、介護度が上がったらうちのような施設へ移るという流れができれば、高齢になってもペットとの暮らしをあきらめないことが普通になるのではと思います。早くそうなってほしいというのは、私の願いでもあります。私自身3匹の犬と暮らしており、妻と『この子たちが最後かな』とよく話しているんですよ。職員たちも『早く他の施設でやってくれないと、自分たちの時に一緒に入れない』と言っています」

あきらめない社会へ

「ペットと暮らす高齢の方で不安が生じた時は、あきらめてしまう前に周りに相談してください。何か方法があるかもしれません」と若山さんは言います。そして、「最後まで一緒にいたい」という思いについては、「自然なことではないでしょうか」と話してくれました。

 

保護猫のアオ君を抱っこする若山さん(さくらの里 山科提供)
保護猫のアオ君を抱っこする若山さん(さくらの里 山科提供)

「ペットを飼うのは基本的人権で、最後まで飼う権利があるとおっしゃられた獣医の先生がおられました。同感です。ただ、権利には終生面倒をみるという義務が伴います。それを果たせないという不安からあきらめざるを得ないわけです。サポートによって義務を全うすることができ、あきらめないでいい体制ができてほしい。そんな社会になってほしい。そのためにも今の形の運営を維持し、旗を振り続けていきます」

 高齢者施設でのペットとの共生は可能で、人生の終章を幸せに、豊かなものにしてくれる。そのことを証明する希望の星は、先を明るく照らしてくれます。

(次回は5月7日公開予定です)

【前の回】未来へつなぐ 犬や猫と入居できる特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」<前編>

石井聖子
猫依存症の名古屋在住ライター。幼少期は犬、亀、鶏、インコと暮らし、猫歴は30年以上。現在は3ニャンズ(と夫)と同居。さらにワンコも一緒に暮らすのが野望。夢は弱い立場にいる動物と子ども、全ての人が一緒に幸せになれる方法を見つけること。

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この連載について
最後までペットと一緒に暮らしたい
「ペットをいつまで飼える?」本音は「最後まで一緒にいたい」。ペットの生涯に責任を持ちながら、できるだけ長く一緒に暮らすための可能性を探ります。
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