芽吹き花開くかどうかはわからない それでも学校犬は子どもたちの心に種をまく

学校にいる犬
休憩時間にベローナとクレアを散歩させるバディ・ウォーカーたち

 動物を介して行われる教育活動は、総称して「動物介在教育」と呼ばれている。「学校犬」もその一つ。学校の中で、犬とのふれあいをとおして子どもたちの心を育てる試みとはどのようなものだろうか。

とある日、とある小学校で

 午前10時25分。教員室の奥の「バディ・ルーム」と名付けられた部屋に、次々と子どもたちがやってきた。犬たちの世話係「バディ・ウォーカー」で、希望する6年生が当番制で務めている。手慣れた様子でケージにいる2頭の犬にリードをつけ、外に連れ出す。

「ベローナ!」
「クレア〜」

 犬たちの姿を見ると他の子どもたちもいっせいに集まってくる。声をかけたり、なでたり、中には犬に抱きつくようにして頬ずりしている子もいる。

ボールをくわえる犬
バディ・ウォーカーの児童と遊ぶエアデール・テリアの「ベローナ」

 バディ・ウォーカーたちはまず犬たちに排泄をさせ、グラウンドへ。ボールで遊んだりしていると、あっというまに20分の休憩時間は終わる。

「あっ、まだお水飲ませてない、でも次、テストなんだ!」
「私やるから、先に行って」

 バディ・ウォーカーたちは見事な連携プレーで務めをはたしていた。

学校犬がいる小学校

 これは、東京都杉並区にある立教女学院小学校の日常風景の一コマだ。この学校では2003年から動物介在教育として「学校犬」を導入している。学校犬といっても、学校で飼っているわけではなく、教頭の吉田太郎先生の飼い犬だ。朝、吉田先生とともに登校して学校で1日を過ごし、いっしょに帰宅する。犬にとって、頼れる飼い主がいることは何より重要だ。

授業風景
吉田先生が受け持つ聖書の授業には犬も同伴する

はじまりはエアデール・テリアの「バディ」

 最初の学校犬はバディという雌のエアデール・テリアだった。学校犬を導入するにはアレルギーや咬傷事故などのリスクを最小限にする必要がある。吉田先生は学内で検討を重ね、毛並みがワイヤー状で抜け毛やフケが少ないエアデール・テリアの中から、大勢の子どもたちとふれあえる適性を持った子犬を選んだ。学校犬になるための訓練にも時間をかけ、慎重にスタートした。

 それから18年。初代バディに続き、バディの子「リンク」、福島から引き取った被災犬の「ウィル」と「ブレス」、そして2015年にデビューしたエアデール・テリアの「ベローナ」に、地域の盲導犬育成団体から預かっているラブラドール・レトリーバーの「クレア」を入れて、これまで6頭の犬が学校犬として活躍してきた。

コロナ禍も子どもたちを支える存在に

 コロナ禍により、立教女学院小学校でも、休校、オンライン授業、クラスを半分にするなどの分散登校、短縮授業などさまざまな対応を迫られてきた。

 感染状況によってめまぐるしく変わる学校生活の中で、犬たちが変わらずそこにいることは子どもたちに大きな安心感を与えたにちがいない。

エアデール・テリア
ベローナの周りにはいつも子どもたちが集まる

 一昨年の一斉休校期間が明け、久々に登校した子どもたちは、玄関で出迎える犬たちを見て緊張が解け、ほっとした様子だったという。

犬と子どものかかわりは互恵的

 そもそも吉田先生が学校に犬を連れてきたいと考えたきっかけはなんだったのだろうか。

 それは、自宅に引きこもりがちで不登校になっていたある児童が、自分の犬となら放課後の学校に来られるようになったこと、彼女が「学校に犬がいたらいいのになぁ」とつぶやいたことだった。

「犬がいることが特別なイベントではなく、学校生活という全体の物語の一部であることが大事」だと吉田先生は言い、こんなエピソードを話してくれた。

「普段は来ない子が、ある日ぽっとバディ・ルームに来て、当時の学校犬バディをなでていたんです。あとで担任の先生に聞いたら、その子のお父さんに重い病気が見つかって、それでじゃないかなあ、と……」

 犬の存在が日常の一部となっているからこそ、その子は自分が助けを必要とするときにバディの元に行くことができたのだろう。

犬とのふれあい
聖書の授業の冒頭はふれあいタイム

 子どもたちが犬のケアをするだけでなく、自分もまたケアされていると感じられること。犬と子どもたちの間にこのような互恵的なかかわりがあるのは動物介在教育の要でもある。

子どもたちの成長の可能性を信じて

 初代学校犬バディの老いと最期を見守る、東日本大震災と原発事故のあと福島の山中をさまよっていた保護犬2頭を引き取る、盲導犬育成に協力する――。

 これまでおこなってきた動物介在教育は、どれも子どもたちの共感力や命への感受性を育むのにおおいに役立っただろう。だが、その教育効果についてのエビデンスや検証の必要性はとくに感じていないそうだ。その理由について、吉田先生は「心の教育や命の教育は数値化できるものではないから」と話す。

「結果が見えなくてもいいんです。見返りを求めてやっているのではありませんから。キリスト教の教育に効果があったかどうか、すぐに測れないのと同じだと思うんです」

フセする犬
授業中ベローナは静かに吉田先生の足元に伏せている

 ときには、卒業生が自分の赤ちゃんを連れて犬に会いに来るような嬉しいこともある。でも、学校犬との生活がその子にとってどんな意味があったのか、それがわかるのは何年も先のことかもしれないし、わからないままかもしれない。

 それでも動物の力と、動物とともに成長していく子どもたちの可能性を信じる。吉田先生の実践に、子どもたちの心に種を蒔く動物介在教育の真髄を教えられた気がした。

◆大塚敦子さんのHPや関連書籍はこちら

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大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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