保護した子猫の命を救えず後悔 なんとしても母猫は幸せにすると誓った

 郊外の一軒家で夫と2人の子どもと、ポメラニアンの「ソラ」、3匹の保護猫「クロ」「みーこ」「ハッチ」と暮らしていた直子さんのところへ、4匹目の猫「ふわりん」がはじめて姿を見せたのは、2014年の秋の夕方だった。

(末尾に写真特集があります)

痩せこけた猫が現れた

 現れたのは、勝手口だった。当時、直子さんは近所迷惑にならないように気を遣いながら、外で暮らす猫たちに食事を与えていた。そのフードの匂いをかぎつけたのだろう。

 茶色い毛は抜け落ち、骨が浮き出るほど痩せていた。直子さんが猫用の缶詰を与えると、その場で3缶を平らげた。

 その日から、夕方になると、食事目当てに訪れるようになった。フードを置いておくと、あたりを警戒しながら平らげる姿がガラス戸越しに見えた。直子さんが外出しているときは、勝手口で待ち構えており、直子さんの姿が見えると鳴いて「ご飯!」と催促した。

 からだが小さく見えたので、てっきり子猫だと思っていたが、栄養状態がよくなると成猫であることがわかった。おそらく雌で、洋猫の血でも混じっているような長毛が特徴的だった。

長毛の猫
「ふわりんです。太ってるんじゃないの、毛がフワフワなの」(小林写函撮影)

すぐに友人の家へ

 直子さんは、毛の様子から猫を「ふわりん」と呼んだ。

 数カ月間がたって春になった頃、ふわりんはぱたっと姿を見せなくなった。

 どうしたのかと気になりながらも、どこか別の家でごはんをもらっているのかもしれないと考えた。地域には猫好きな家が多かった。

 そんなとき、近所に住む友人からLINEで写真が送られてきた。

 友人の家の庭で、4匹の子猫と一緒にいるふわりんの姿だった。

 ふわりんはいつのまにか出産し、母親になっていた。安全な場所を探しながら、あちらこちらの家を移動し、ご飯をもらって子育てをしているようだった。

 直子さんは、すぐに友人の家に足を運んだ。

 風格さえ漂うような落ち着きのある母の表情をしたふわりんの周りで、子猫たちはちょこまかとせわしなく動き回っていた。

 このまま放置していては、子猫たちの命が危険にさらされる。保護をし、譲渡先を探したほうがいいだろうという話になった。

眠る猫
「ソラ、あんたのとこは暗くていいわね」(小林写函撮影)

 ふわりんは、さわれるほど人になれているわけではなく、警戒していた。子猫には簡単に手を出すことはできない。しかもふわりん一家は毎日友人の家の庭にいるわけでもなく、保護は難しい状況だった。当時は、保護団体に相談して捕獲器を借りるという考えもなく、直子さんたちは自分たちでなんとかしようと悪戦苦労していた。

 そうこうするうちに、友人から、子猫が1匹になってしまったという連絡が入った。

 おそらく、カラスに襲われたのだろう。常々、カラスが上空から子猫たちの様子をうかがっているのを友人が目撃していた。カラスは、ふわりんが子猫のそばを離れたすきを狙ったに違いなかった。

 残った1匹は、ふわりんによく似た茶色い毛を持ち、あどけない目をしていた。母親から遅れまいと、ぴったりとくっついて移動する子猫を、ふわりんは以前にも増して注意深く見守っているように見えた。

 子猫を「チャチャ」と名付けた直子さんは、チャチャと一緒にふわりんも保護し、不妊手術を受けさせようと思いはじめていた。

紙のように軽かった

 初夏が訪れた頃、別の友人から「2匹が家の駐車場にいる」という連絡がきた。

 直子さんはキャリーバッグとドライフードを手に向かった。ふわりんは変わりはなかったが、チャチャの様子がおかしい。以前より痩せ、動き方も弱々しく、栄養状態が悪いようだった。

 友人と2人で協力してチャチャを捕まえた。紙のように軽い。キャリーバッグに入れ、直子さんは車で20分の動物病院へ向かった。残してきたふわりんのことは気がかりだったが、まずはチャチャの手当てが先決だった。

茶色の猫
「ここに来るまでいろいろあったのよ」(小林写函撮影)

 そこは、ベテランの女性獣医師が院長を務める地域では知られた病院だった。飼い主がいない動物でも、常に真摯(しんし)に診察にあたってくれた。

 病院で、チャチャは猛烈な勢いでフードを食べた。「これだけ食欲があるなら大丈夫」と言われ、そのまま直子さんの家に連れて帰った。

 その晩、チャチャはケージの中でおとなしく眠った。

昨日とは様子が違う

 翌朝、ケージを開け、チャチャを抱き上げた。息はしているが体に力が入っていないようで、明らかに昨日とは違う。

 嫌な予感がして、すぐに病院に連れて行った。意識が失われていく様子がキャリーバッグ越しにも感じられ、直子さんは焦った。

 診察台にのせられたチャチャに、院長が聴診器をあてながら言った。「心音が少しずつ弱くなっていて、心臓が止まろうとしています……」

 チャチャは、再び目を開けることはなかった。

 死因は、低血糖症だろうと言われた。

 発症の原因はわからない。厳しい外暮らしでの栄養不足からくるものかもしれないし、生まれつき長く生きられない体質だったのかもしれない。

 それでも、もう少し自分に知識があれば、何らかの対処方法はあっただろう。夜中のうちからもっと様子に気を配っておくとか、朝、具合が悪いとわかった時点で、砂糖水を飲ませるなどだ。

 救えるかもしれない命を救えなかった後悔が、直子さんを襲った。

 その後悔は、なんとしてでもふわりんを保護して手術を受けさせ、安住の地をみつけてやるという決意に変わった。

(次回は7月23日に公開予定です)

【前の回】犬好き家族が迎えた4匹の猫 きっかけは庭で保護した子猫、息子の願いで飼うことに

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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