帰国の飛行機で愛犬がけが、すぐに動物病院へ かかりつけ医の大切さをかみしめた

 2019年8月、夫の転勤にともない、キャバリアの兄弟犬、ウィルとハルを連れてシンガポールへ渡った綾子さん。9カ月が経ったとき、弟のウィルが脚を痛がるようになり、かかりつけの動物病院に連れて行った。

(末尾に写真特集があります)

原因は室内での遊びだった

 担当の日本人獣医師のK先生は別の部署に異動になり、診てもらうことができず、代わりの現地の若い獣医師が診察。その診断結果に納得がいかず、「かかりつけ医」であるK先生と話がしたいと交渉したところ連絡がとれ、先生の計らいで再診察がかなった。

 現地の獣医師からは別の病院にある整形外科の専門外来を紹介された。MRI検査などの結果、ハルは頸部椎間板(けいぶついかんばん)ヘルニアであることが判明した。

 頸部椎間板ヘルニアは、首の骨と骨(頸椎)をつなぐクッションの役割をする椎間板の、中の組織が飛び出した症状をさす。突出した部分が脊髄(せきずい)を圧迫したため、ハルの脚に痛みや軽いまひが生じていたのだった。

 犬の頸部椎間板ヘルニアは、加齢によって起こりやすい症状だという。だが、まだ4歳と若いハルの場合、原因は、室内での遊びだった。

ボール遊びが大好きな2匹

 常夏のシンガポールでは日中は暑く、午後には局部的な雷雨にも見舞われる。だから、早朝の散歩から戻った後は、1日の長い時間を家の中で過ごすことになる。

 幸い、綾子さんが住んでいたマンションは、愛犬たちが遊び回るのに十分な広さのリビングと廊下があった。

 ボール遊びが大好きな2匹は、綾子さんがボールを転がすと大喜びで追いかけ、空中に投げると夢中でキャッチする。

 ウィルに比べて運動神経がよいハルは、どんな球でも決して逃すまいとする。

 壁にぶつかってもめげることがなく、キャッチしたボールを誇らしそうに綾子さんのもとへ運んでくる。

「おじさんも学校の授業がつまらないと、こうして寝てたの?」(小林写函撮影)

 常にエアコンがきいており、天井は高く、蒸し暑い屋外よりも遊ぶよりは快適な環境だった。問題は、リビングの床が滑りやすい大理石で、壁は堅いコンクリートであることだった。

 綾子さんは日本にいたとき以上に気を遣い、床と壁をマットやじゅうたんなどでしっかり覆い、危険が及ばないようにしていた。

 だが、壁にぶつかったときの首への衝撃は、日本の木造の家とは比べものにならず、想像をはるかに超えていたのだ。

無事に乗り越えて

 ハルの症状は、手術を要するレベルだった。のど側にメスを入れて切開し、食道や気管のほか、重要な血管や組織を傷つけないよう背側に飛び出た部分を削るという高度なものだった。

 ハルは初めての、海外での手術を無事乗り越えた。

 1週間の入院、1カ月間の安静期間を経て、再び元気に散歩や遊びを楽しめるようになった。

2匹の犬
「お母さんが整列!番号!って。ワン!」「ワン!」(小林写函撮影)

 その後、室内での遊び方に綾子さんが細心の注意を払うようになったのは言うまでもない。 

 もし、K先生と連絡がとれずに、発見が遅れていたらどうなっていただろうか。考えるだけで背筋が寒くなる。

ケージの中が血だらけに

 日本に帰国してからも、かかりつけ医の存在は綾子さんと愛犬たちの生活の支えになっている。

 2年半の予定だった綾子さんのシンガポール滞在は、事情により1年と2カ月に短縮され、2020年10月に夫より先にウィルとハルを連れて帰国することになった。

 羽田空港に着き、ケージに入った2匹と対面したときには、血の気がひいた。ハルのケージの中が血だらけだったからだ。

 どうやら飛行中に暴れたらしかった。ケージにかけられた網を内側から引っ張り、それが爪の間に引っかかって一部の爪ははがれ、爪の間からも血が出ており、床に敷いたタオルは赤く染まっていた。

 行きの飛行機ではなんでもなかったのに、どうしてだろう。

散歩中の犬
「ハルです。今回で僕たちのお話はおわりだよ。またね」(小林写函撮影)

 理由はともかく、すぐにでも自宅近所のかかりつけの動物病院に連れて行きたい。

 海外からの帰国者は、帰国した翌日から14日間は自宅等で待機することが要請されている。不要不急の外出は控える必要がある。

 だが、家族である動物のけがは「必要火急」の事態だ。

親しみを込めた声にほっとした

 帰宅してすぐに動物病院に電話をした。

「ウィルくんとハルくん、帰国されたんですね!何かありましたか?」

 親しみを込めた受付スタッフの声にほっとし、事情を説明した。すると、海外にいた動物もウイルスの媒介となる可能性もあるので診察室で診ることはできないが、外の駐車場で院長が診察するとのことだった。

 綾子さんには移動手段がなかった。電車やバス、タクシーなど公共交通機関は使用できないし、自家用車も手放していた。

 考えた末、思い切って、近所に住む友人に送迎を頼んだ。すると二つ返事で引き受けてくれた。猫を飼っている友人だった。

 窓を全開にして車を走らせ、動物病院に着き、友人がハルの受け付けを済ますと、防護服を着た院長と助手のスタッフが現れた。綾子さんは、丁寧にハルの脚を触っている院長の姿を車の中から眺めながら、帰国した安堵(あんど)感をかみしめていた。

 ハルの傷は大事には至らず、消毒と自宅での抗生剤の投与ですみ、爪も無事に生えそろった。

(次回は6月25日に公開予定です)

【前の回】コロナ禍の海外で愛犬を連れ動物病院へ 診察に立ち会えず、もどかしさと戸惑いと

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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