コロナ禍の海外で愛犬を連れ動物病院へ 診察に立ち会えず、もどかしさと戸惑いと

 2019年8月、夫の転勤にともない、キャバリアの兄弟犬、ウィルとハルを連れてシンガポールへ渡った綾子さん。煩雑な動物検疫の手続きも無事済ませ、現地での生活がスタートした。

(末尾に写真特集があります)

拍子抜けするほどスムーズ

 愛犬たちが環境の変化によるストレスで体調を崩さないか。綾子さんが最も心配したことだが、ウィルとハルは食欲が落ちることも、おなかの調子が悪くなることもなく、拍子抜けするほどスムーズに新生活になじんだ。

 赤道直下のシンガポールの気候は年間を通して高温多湿だ。日中はほとんどの日が30℃を超えるため、毎日が夏である。午後から夕方にかけては、激しいスコールも起こる。

 だから散歩は、早朝に行うのが日課だった。

 平日は、綾子さんが暮らす高層マンションの敷地内や、近所の公園を1時間程度歩く。

 林立する高層ビルや、近未来的な巨大建築物を豊かな緑が彩るシンガポールは、町全体が公園のようだ。まだ涼しい空気の中、2匹の愛犬とともに歩くのは心地よかった。

 また、車を30分ほど走らせれば、ドッグランなどのペット施設が整備された広い公園がいくつもあるため、週末には夫の運転で出かけた。犬たちはもちろん、人間のリフレッシュにも最適だった。

散歩する兄妹犬
「どっちがどっちかわからない?お母さんの隣がウィルだよ」(小林写函撮影)

 犬を散歩させていると、現地の人々から「可愛いワンちゃんね、双子?」と声をかけられることがよくあった。続けて、「いくらだったの?」と値段を聞かれることが多いのには驚いた。

 シンガポールでは数年前からペットブームが起き、特に犬を飼うことはある種のステータスとなっていた。

 その一方で、シンガポールは人口の約15パーセントがイスラム教徒だ。宗教上の理由から犬は「不浄」とされるため、触れることを嫌がる人もいる。

 これらの人々は、すれ違うときに向こうから距離を取ってくるので、だいたい察しがついた。そんなときは、2匹が不用意に近寄らないようにと、リードを持つ手が少し緊張した。

 ウィルとハルが、いざという時に通える動物病院は、日本にいるときに見当をつけていた。

 友人に紹介された、日本人の女性獣医師が勤務している病院だった。

 シンガポールに住んでしばらくたった頃、あいさつを兼ねた健康診断のため、2匹を連れて行った。

 日本人獣医師のK先生は、30代後半ぐらいのさばさばとした女性だった。その後ハルのワクチン接種も、K先生にお願いした。

 万が一のとき、迅速な診療と治療を受けるために、かかりつけ医は必要だ。

 そのことは、のちに強く実感することになった。

散歩中に座り込むようになった

 シンガポールに来た翌年の、2020年5月のことだった。

 早朝の散歩中、ハルが歩いている途中にピクッと右後ろ脚をひきつらせ、振り向くようになった。急に鋭い痛みが走ったかのような様子で、最初は、虫か何かに刺されたのかと思う程度のものだった。

 しかし数日後には、散歩中に座り込むようになり、家では突然「ヒャー」とひねり出すような叫び声を上げるようになった。突然襲う激痛が原因のようだった。

 綾子さんは、K先生に診てもらうため動物病院に予約を入れた。

 時はすでに新型コロナウイルス感染拡大下だった。その病院では感染拡大防止のため、飼い主は診察や治療に立ち会えないようになっていた。

2匹の犬
「ウィル兄さん、シャンプー変えた?」(小林写函撮影)

 受付で動物を預けたら、飼い主は建物の外に設置された椅子に座り、担当獣医師から携帯に連絡が入るのを待つ。診断や処置、治療については電話で話すシステムだった。

 これがK先生相手であれば問題はなかったのだが、彼女は隣の猫専用病棟に異動になり、犬の診察はできない、とのこと。なんとかならないかと食い下がったが、コロナ禍であるため無理という返事だった。当時は、動物がウイルスを媒介するという疑惑もあった。

 代わりにハルを診てくれたのは、現地の若い女性獣医師だった。

 診断は「異物誤飲の可能性が高く、痛み止めを処方するので1週間様子を見て、また連れてきてください」とのことだった。

 綾子さんは耳を疑った。痛がっているのは脚なのに、誤飲が原因だとは信じられない。

散歩中の犬
「低い斜めの光線を浴びていると、故郷のイギリスを思い出す」(小林写函撮影)

 日常生活で使う英語には不自由しなかったが、動物の症状について英語で話したり、聞いたりすることには不慣れだ。まして対面ではないので、余計にもどかしい。知らない単語や疑問が出てきても、とっさに質問ができない。

 獣医師には、誤解があるといけないので、簡単な診断結果をメールで送って欲しいと頼み帰宅した。

薬を飲ませたけれど

 言われた通り、処方された薬を飲ませた。しかし症状は改善されなかった。獣医師は忙しいのか、メールは送られてこなかった。

 ハルは、どこをどう動かすと痛みが発生するのかがわからず、突然襲ってくる激痛に対応する術がなく、困り果てた様子だった。結局、動かさないのが最善ということになり、家でもじっとしていることが多くなった。

 綾子さんは、もう一度病院に電話をかけ、 K先生と話だけでもできないかと頼み込んだ。すると猫病棟の番号を教えられたので、そこに電話をし、受付に用件を伝えた。

 しばらくしてK先生から電話があった。

 綾子さんは、日本語で意思疎通できることのありがたさ感じつつ、前回の診断結果と現在のハルの様子を伝えた。

 K先生が、どんな口添えをしてくれたのかはわからなかった。再診察の際、前回の獣医師からは、別の病院にある整形外科の専門外来を紹介された。

 そこでの診断結果は、頸椎(首の骨)の椎間板の一部が飛び出ているため、手術が必要、とのことだった。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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