愛犬2匹と一緒に海外へ引っ越し 手続きはかなり煩雑、でも自分でやろうと決めた

「2年半の予定で、シンガポールに赴任することになったよ」と夫から聞かされたとき、綾子さんの頭にまずよぎったのは「子供たちをどうするか」だった。2018年の秋のことだ。

 綾子さんの2人の息子は大学生となり、家を出ていた。

「子供」とは、ウィルとハル、4歳と2歳の2匹のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの兄弟だ。

(末尾に写真特集があります)

自分でやろうと決めた

 シンガポールは安全な国と聞くし、海外暮らしに興味のあった綾子さんは夫に帯同すると決めていた。もちろん2匹も連れて行くつもりだが、動物と一緒に渡航するための知識は全くなかった。

 日本から海外にペットを連れ出すことを「動物輸出」、海外から日本に連れて来ることを「動物輸入」と呼ぶ。前者の場合、フライト当日もしくは前日に空港の動物検疫所で輸出検査を受け、輸出検疫証明書を発行してもらう必要がある。

 書類の準備はかなり煩雑なようだ。書類1枚にでもミスがあると出国できなくなるし、行った先の空港で足止めをくうリスクをはらむ。そのため、代行業者に依頼するのが主流のようだった。

 しかし料金は高額で、綾子さんの場合は2匹分となるため二の足を踏む。

2匹の犬
「こんにちはウィルです。後ろの弟ハルもよろしくね」(小林写函撮影)

 インターネットでさらに検索すると、同じくシンガポールに犬を連れて移住をした女性が、一連の流れをわかりやく解説している個人のブログが見つかった。これに勇気づけられた綾子さんは自分でやろうと決めた。

 夫だけに先に赴任をし、綾子さんと愛犬2匹は遅れて合流することにしたので時間は十分にあった。

半年前から準備スタート

 ペットの輸出検疫を受けるための準備や必要書類は、渡航先とペットの種類によって異なる。犬をシンガポールに輸出する場合は、ざっと挙げると、以下の通りだった。英語の書類は、シンガポール側に提出するために作成する。

・マイクロチップの装着と登録申込書(日本語)
・狂犬病予防接種と過去2回分の接種証明書(日本語と英語)
・狂犬病の抗体検査とその証明書(日本語と英語)
・混合ワクチン接種とその証明書(日本語と英語)
・輸出検査申請書(日本語と英語が併記されている書類)
・獣医師による衛生証明書(寄生虫駆除実施証明書・英語)

 書類作成には、獣医師の協力が必要だ。英文は綾子さんが作成するにしても、獣医師と動物病院の社判がなければ、公的書類として認められないものが多くあった。

 綾子さんは、懇意にしているかかりつけの動物病院に相談し、出発日の2019年8月に合わせてタイムテーブルを作り、約半年前の1月から準備をはじめた。輸入許可証などシンガポールの政府機関で取得する必要書類は、先に現地で暮らす夫にやってもらうことにした。

 動物検疫を受けるためには、マイクロチップで確実に個体識別をしておかなければならない。海外ではマイクロチップが義務化されている国もあり、シンガポールもその一つだ。ウィルとハルはともに装着済みで、登録申込書の原本も保管していた。

 狂犬病予防接種は有効期間内に継続接種されていることが必須で、1日でも空くと再接種になってしまう。綾子さんの場合は問題はなく、毎年2匹の狂犬病予防接種を行う4月に通常通り行えば、2回分の証明書が作成できた。

抱っこされる犬
「弟のハルです。お母さん大好きなんだ」(小林写函撮影)

 厄介だと感じたのは、狂犬病の抗体検査だ。

 抗体検査は、狂犬病予防接種の1カ月後に採取した血清を農林水産大臣の指定の検査機関に送り、基準となる抗体価を得ているかどうかを検査してもらうものだ。検査結果が届くまでには約1週間がかかり、もし抗体価が基準値以下だった場合は、再接種・再検査となる。

 2匹のうち、どちらか1匹でも基準値以下だったら、それだけ時間のロスになる。2匹同時に問題なくクリアできるよう、血清の送付は動物病院に依頼をし、提出書類に不備はないか何度も確認をした。

 2匹そろって基準値をクリアしたという通知が届いたときは、からだの底から安堵(あんど)した。

すべての書類はそろった

 出国の際に検疫を受けるのは、搭乗する便が出発する空港の動物検疫所になる。ここに出発の7日前までに連絡し、輸出検査申請書を提出する必要がある。その際、そろえた書類に不備がないかの確認をしてもらえる。

 書類を1カ月前にひと通り準備した綾子さんは、羽田空港の動物検疫所に電話をし、その後、電話やメールでやりとりをした。確認用の書類はPDF化してメール添付で送った。

 この作業を1カ月前に行ってよかったと思ったのは、いくつかの書類に不備があったからだ。混合ワクチン接種証明書にマイクロチップナンバーの記載が漏れていたり、動物病院の社判が押印されていないなど、書類の規定を満たしていない程度のものだが、それでも再作成となるので手間も時間も取られる。

 検疫所の職員は皆とても親切だった。質問に迅速かつ丁寧に回答してくれ、綾子さんの支えになってくれた。

散歩する2匹の犬
「僕らの散歩はハードだよ、ついて来られる?」(小林写函撮影)

 出発の数日前には、かかりつけの動物病院で2匹の健康診断と、寄生虫駆除薬を投与してもらった。その証明書の発行をもって、すべての書類はそろった。

 健康診断で問題がないよう、2匹の日々の生活にも神経を遣っていた綾子さんはこの数カ月でじんましんができるほど疲弊した。だが、自力で行ったという達成感はあった。

しばしのお別れ

 フライトの予約は、早ければ早いほうがよい。出発日が決まったらすぐに航空会社に電話し、希望の便のペット枠に空きがあるかを確認する。1機に載せられる動物の頭数が決まっているため、空いていたら即予約をしたほうがよい。

 出発当日、それぞれキャリーに入れたウィルとハルを連れて空港に行き、真っ先に動物検疫所に向かった。検疫官による健康診断と、書類確認が行われた。シンガポールに提出する輸入用の書類のチェックもしてもらえた。現地に着いて、入国ができなかったら大ごとだ。

 無事、輸出検疫証明書の発行となり、晴れてウィルとハルは綾子さんと一緒に旅立てることとなった。

 手荷物として運ばれる愛犬たちとは、シンガポールの空港に到着するまで、しばしのお別れだった。

 参考:動物検疫所ホームページ(農林水産省)

(つづきは5月28日に公開予定です)

【前の回】バス停ですり寄ってきた猫 ずっと一緒にいられると思ったのに…獣医師からの重い言葉

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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