バス停ですり寄ってきた猫 ずっと一緒にいられると思ったのに…獣医師からの重い言葉

 多摩川沿いの土手近くにあるバス停で、人懐こくすり寄ってきた猫を保護し、警察に届けたウェブプロデューサーの奈美さん。「ろくちゃん」と名付け、飼い主が現れなかったら自分のところへ迎えることにし、心待ちにしていたその翌朝、警察から電話があった。「ろくちゃんがフードや水にほとんど口をつけずに、ぐったりしている」とのことだった。

 今の状態なら、引き取って世話をすることも可能だという。

 奈美さんは明朝、迎えに行く旨を伝えた。

(末尾に写真特集があります)

動物病院を探さなければ

 すぐにでも引き取りに行きたかったが、奈美さんが現在借りている事務所はペット不可。移転してからろくちゃんを迎えるつもりだったが、今となっては間に合わない。短期の預かり先をみつける必要があり、猫の保護団体を調べ、電話をかけた。

 しかし、どの団体からも「受け入れたいのは山々だが、手いっぱいで……」という申し訳なさそうな返事が返ってきた。

 念のため、迷子猫の情報サイトも調べた。だが、該当する地域の迷い猫がまとまって掲載されているサイトは見つからなかった。

 夫は、自宅でペットを飼うことには反対している。やはり実家の母親に頼み込んで、しばらくの間だけ預かってもらうしかないだろう。

 電話をくれた若い婦人警官は、ほぼ2時間おきにろくちゃんの様子を知らせてくれた。ちょっと動きました、水を飲んだみたいです、ぐったりしています……。

 その真摯(しんし)な声を電話口で聞きながら、奈美さんは動物病院を探さなければと思った。

野良猫
「ねえねえ、私かわいいでしょ、飼わない?」(小林写函撮影)

 ろくちゃんが収容されている警察署周辺の動物病院を調べ、ネットの口コミで高評価のところに電話をかけた。引き取ったらすぐに診察してもらえるよう、あらかじめ事情を話し、予約を入れておきたかった。

 何件かに電話をかけ、その対応などから、ここなら、というところをみつけた。

 くしくも、警察署の隣の病院だった。

まるで別猫だった

 翌朝、警察署に足を運んだ。

 ろくちゃんに会ったときに一緒だった友人も来てくれた。

 昨日、電話で話をした婦人警官が、段ボール箱に入ったろくちゃんを連れてロビーに現れた。

 ろくちゃんは、箱の底でぺったんこになっていた。

 かろうじて息をしているのはわかったが、一昨日バス停で出会ったときとは、まるで別猫だった。

野良猫
「あいつまた縄張り侵犯しようとしている」(小林写函撮影)

 段ボール箱を抱え、その足で予約していた動物病院へ行った。

 院長である50代ぐらいの落ち着いた印象の男性獣医師が、丁寧に診察してくれた。

 ろくちゃんは避妊手術済みの雌だった。外見から察するに、長く外で暮らしていた可能性が高い、とのことだった。

 病状は、腎不全の末期だった。脱水が激しく体温も低かった。手の施しようがなく、持ってあと2〜3時間だろう、との見立てだった。

あの姿はまぼろしだったのか

 治療を受ければ元気になると思っていた奈美さんは、言葉も出なかった。

 なんとか治してください。そう言いたい気持ちを飲み込んで、次にするべきことについて口を開きかけたとき、先生は言った。

「あなたの家に引き取るのはお勧めしません。ろくちゃんが亡くなったら寄生していたノミとダニがいっせいに体から飛び出してきて部屋中に拡散し、駆除に相当苦労することになりますよ」

 さらに続けた。

「でも、土手に返すことは、絶対にやめてください。1時間で鳥の餌食になってしまいます。それだけは、可哀想だから」

 提案されたのは、安楽死だった。

 バス停でぴょんぴょん元気に跳ね回っていたろくちゃんは、幻だったのだろうか。たった2日で、このような重い言葉を聞かされる状態になることが信じられなかった。

野良猫
「僕が『ずない』って?静岡方面でしか通じないよ」(小林写函撮影)

 それを告げると、先生は穏やかな声で言った。

「ろくちゃんは自分のつらさを誰かに伝えて、助けて欲しかったんじゃないかな。バス停で懐いてきたのは、最後の力を振り絞ったんだと思いますよ」

二度と会えないと思う

 ろくちゃんは、先生の手配で共同墓地に埋葬された。

 それから3年が経った今、奈美さんは、高齢になった両親の手助けをするため仕事の拠点を実家に移し、暮らしている。

 ろくちゃんと出会ってから、実家の庭を荒らす野良猫たちを、以前ほど疎ましく思わなくなった。

 たまに母親と「飼い主が亡くなって行き場を失ったなど、事情のある猫がいたら家に迎えてもいいかもね」と話すこともある。

 でも、ろくちゃんみたいな猫には、もう二度と会えないと思うのだ。

(次回は5月14日に公開予定です)

【前の回】バス停で出会った小柄な茶色い猫 そばを離れず甘えてくる様子に、引き取ろうと決めた

※この記事の写真の猫は、ろくちゃんではありません。ろくちゃんと同じように外で暮らす猫たちです。

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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