小料理屋の路地裏でしょんぼりしていた猫「カヌレ」 今日からうちの子だよ
イラストレーターの竹脇さんが育った奥深い住宅地。この場所で日々繰り広げられていた、たくさんの猫たちと犬たちの物語をつづります。たまにリスやもぐらも登場するかも。
法律事務所で働いていたころ
大学も卒業間近、猫の世話ばかりしていて特に就職する気もなかった私に、在籍していた法学部のゼミの先生が見かねて法律事務所を紹介してくれた。そして卒業後、同じゼミの先輩が働いている日比谷公園近くの法律事務所で働くことになった。
弁護士やパラリーガルを目指したわけでもない世間知らずな私は、もっぱら雑用係。
外にお使いに行くことが多かったので、母親は面白がって、「はい、今日もおつかいワンちゃんね、行ってらっしゃい」と、毎日お弁当を作って送り出してくれた。
まだパソコンが1人1台という時代ではなかったので、新入りの私はコピーをとったり、銀行や裁判所に行ったり、備品を買いに行ったり、事務所の中と外をぱたぱた走り回っていた。頼もしくて優しい先輩たちは「竹脇さん、走らなくていいのよ、ゆっくりで。ね」と、いつも声をかけてくれた。
小料理屋のなじみの猫
出かけるときは、いつも雑居ビルの裏口から出る。
細い路地のお向かいに小料理屋があり、ある日その店主さんが野良猫にこっそりご飯をあげているのを目撃してから、その様子を見るのがとても楽しみになっていたからだ。
小料理屋のなじみの猫は女の子だったようで、やがてムチムチした子猫を連れてくるようになった。その辺りは居酒屋なども多い場所だったので、子猫たちはみんな元気いっぱいに、それぞれ親離れしたようだった。しかし、なんだか気弱な茶トラの子猫だけは、いつも母猫の後にくっついていた。
時が経つに連れ、母猫もいつまでも子猫にかまっていられないらしく、邪険にされた茶トラがしょんぼりしているのをよく見かけるようになった。私はぽつんとたたずむ茶トラを横目に家に帰るのが、日に日に苦しくなっていった。
「その日」は突然やってきた
そんなある日、弁護士や先輩たちの都合で、たったひとりで事務所の留守番をする日がある、と告げられた。
私の胸の動悸(どうき)は最高潮に高まった。その日を逃してなるものか。なんとかその日、あの子猫を捕まえて事務所に一時保護し、家に連れて帰ろう! 万が一誰かが戻ってきてしまったら困るので、隠せないキャリーバッグは持っていけない。ならば、事務所にある段ボール箱に入れて連れて帰ろう。
名前もちゃんと考えてある。「漱石」だ。
そして当日、事務所を空っぽにはできないから、お昼休みが最大のチャンスとなった。
12時になるや否や事務所を飛び出し、路地裏に向かう。するとやっぱり、茶トラの猫がしょんぼり座っていた。「今日からうちの子だよ」と声をかけ、ひょいっと抱きあげた。
不思議なことに、全く抵抗しなかったので事務所に連れて帰り、さてこれから17時までどうしようと頭を抱えた。とりあえず準備してあった段ボールに入れて様子を見ようとした途端、「漱石」は急に我に返ったのか、箱から飛び出して事務所のソファの下に逃げ込んだ。
でも事務所の中に危険はない。その日にすべきことは午前中に全てやり終えている。余裕のよっちゃんである。その雰囲気に安心したのか、茶トラはおびえながらも私のひざに抱かれ、無事17時になった。
段ボールのフタにいくつも空気穴を開けてしっかりと封をし、駆け足で電車に乗る。地下鉄の轟音にびっくりした茶トラはニャーニャー鳴いたが、私はうれしくて顔がニヤついてしまう。駅に着くと地上に駆け上がりタクシーを止め、ダッシュで家に帰った。
これからはみんなと一緒
あらかじめ話をつけておいた家族は、もちろん大喜びで彼を迎え、私のつけた「漱石」という名前を「可愛くない」と一蹴し、その時はやっていた人気のお菓子の「カヌレ」にしようと盛り上がっていた。
名前は思い通りにならなかったけれど、そんなことはどうでもいい。もう、あの路地裏でしょんぼりした顔を見なくていい。それだけで胸がいっぱいだった。
そして「カヌレ」になった茶トラは、のびのびと家猫を堪能した。カヌレを保護してから約2年後、私はその法律事務所を辞めた。事務員としてのスキルはあまり身につかなかったので、カヌレに会うためだけに勤めたの? と聞かれたら、「うん」と答えている。
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竹脇さんの描く猫たちは、晴れの日も雨の日も元気いっぱいに、みんなでわいわい過ごしています。細やかであたたかい作品の数々をぜひご覧ください。
会期:2月17日(水)~3月2日(火)※休展:2月19日(金)
場所:伊勢丹新宿店本館6階=アート&フレーム
時間:10:00~19:00
詳細はこちら<伊勢丹新宿店><株式会社アートプリントジャパン>
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