愛犬を病気にしてしまったのは私 罪悪感と自責の念を抱え、治療に向き合った1年半

 実家の近所のペットショップで売れ残っていた柴犬の子犬を迎えたナオさんは、「幸太」と名付け、一人住まいのマンションで一緒に暮らしはじめた。

(末尾に写真特集があります)

散歩が大好き

 幸太は、これまで実家にいた柴犬たちに比べると手のかからない犬だった。

 しつけをする前からも無駄ぼえや破壊行動をすることは一切なく、かみ付いたり、粗相をすることもなかった。「お手」「お座り」「待て」もすぐに覚えた。「だめ」と制するときも、軽く舌を打つだけですぐに聞き分けた。

 食事やおやつをねだることもしない。おもちゃで遊ぼうとせがむこともない。もっとも、食事やおやつにはあまり興味がないようだし、おもちゃに関しては、ナオさんが誘うと「仕方ない」という様子で付き合うが、そうでなければ見向きもしない。

散歩する柴犬
「早く歩かないとママ、運動にならないよ」(小林写函撮影)

 そんな幸太だが、散歩は大好きだ。

 「散歩に行くよ」と声をかけると、パタパタと玄関に向かい待機する。外に連れ出すと、待ってました、とばかり小走りになり、リードを引っ張りナオさんの先を行こうとする。

 普段、何事にもあまり積極的な態度を見せない幸太が、このときばかりは表情を輝かせ、尻尾を高く上げ、自らの意思で散歩を楽しもうとしている。

 その姿を見るのが、ナオさんはうれしかった。

頭が真っ白に

 幸太と暮らして3年が過ぎた夏の初めのことだった。

 ナオさんはフィラリア症の予防薬をもらうため、幸太をかかりつけの動物病院に連れて行った。

 フィラリア症は、犬糸状虫(フィラリア)と呼ばれる寄生虫が引き起こす病気で、蚊が媒介となって感染する。幼虫で体内に入り込み、やがて成虫になって肺動脈や心臓に寄生する。心臓や肺の働きが徐々に低下していき、血液循環が悪くなり、放っておくと命に関わる病害を引き起こす。

 ただし、蚊が発生する春から秋にかけて月に1回、自宅で予防薬を飲ませれば、体内に幼虫が入ってきても駆除することができる。

 この予防薬を与える前には必ず、フィラリア症にかかっていないか検査をする。万が一、すでに体内に幼虫がいて薬を投与した場合、アレルギー反応を起こすことがあるからだ。

散歩中の柴犬
「帰りにコンビニとか寄らないの?」(小林写函撮影)

 病院の院長は若い男性獣医師で、いつも優しく丁寧に幸太を見てくれる。その院長が、驚いた表情でナオさんに検査結果を伝えた。

「幸太くん、陽性ですね。心臓にフィラリアの成虫がいます」

 ナオさんは頭が真っ白になった。ここ2カ月ほど、出張や旅行が続いたこともあり、予防薬を与えるのを忘れていたのだ。その出張と旅行の期間は、幸太は実家に預けていた。実家は山や川に囲まれた自然豊かな場所にある。おそらく滞在中の散歩の際に、フィラリアを持つ蚊に刺されたのだろうというのが院長の見立てだった。

 放置しておけば、心臓に寄生した成虫が幼虫を産み、それらが成長することでさらに成虫の数が増える。心臓につながる血管が塞がれて、寄生された犬は苦しんで亡くなる場合もあるという。

 ナオさんは背筋が寒くなった。だが、それ以上に胸を刺したのは院長の次の言葉だった。

「フィラリアは予防薬によって100パーセント防げる病気なんですよ。だからペット保険でも補償対象外になっていますし……」

 幸太を病気にしたのは、自分の責任以外のなにものでもないのだ。

嫌われてもいいから

 幸太の場合は、寄生している成虫の数も多くなく、せきなどの病気の症状も出ていない初期の段階だった。治療はまず、成虫の生殖能力を抑える抗生剤を自宅で朝晩与えて幼虫を増やさないようコントロールし、さらに生まれてくる幼虫は月1回の予防薬で駆除。こうして、成虫の寿命がくるのを待つという方法で行うことになった。

 成虫の寿命は約2年という。

 朝晩の抗生剤の投与は簡単ではなかった。

 食べることが好きな犬なら、おやつやウェットフードに砕いて混ぜればよいが、幸太は食が細くおやつにもあまり興味がない。その中でも、そこそこ気に入っていた犬用のチーズに混ぜて与えてみたが、薬だけを吐き出してしまう。それで、牙の間から口の中に押し込み、無理やり飲ませるようにした。

 幸太は嫌がって吐き出すこともあった。薬など飲まされたくないに決まっているし、嫌がることはしたくなかった。でも、嫌われてもいいから飲ませようとナオさんは腹をくくった。

くつろぐ柴犬
「今日あそこの電柱におしっこかけるの忘れたかも」(小林写函撮影)

 1カ月間、毎日抗生剤を与え、次の2カ月は休止する。このサイクルを繰り返しながら、病院で月1回のフィラリア予防薬の投与と、副作用を抑えるための注射、3カ月に1回のフィラリア症の検査を行う。陽性という結果が出るたびに、ナオさんは落胆した。

 これまで、周囲でフィラリア症にかかった犬の話は聞いたことがなかった。予防薬を1〜2回忘れたぐらいでは問題がなく、そもそもフィラリアを持った蚊など、今はほとんど存在しないのでは。そう考えていた自分の危機感の薄さを責めた。

 何より、大好きな散歩中に病気に感染させてしまったことがかわいそうで、幸太に申し訳なかった。

 幸太の検査結果が陰性と出たのは、治療をはじめてから1年と少し経ったときだった。念のため、3カ月後に再検査。同じ結果を得て、ようやく駆除に成功した。

 その後ナオさんは、二度と予防薬の投与を忘れないよう、効果が12カ月持続する予防注射を病院で接種してもらうことにした。幸太は毎日、思う存分散歩を楽しんでいる。

(次回は1月22日に公開予定です)

【前の回】ペットショップで売れ残っていた柴犬 家族に迎え、幸せ願って「幸太」と名付けた

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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