ペットショップで売れ残っていた柴犬 家族に迎え、幸せ願って「幸太」と名付けた
東日本大震災から丸1年が経った3月11日のことだった。企業で広報の仕事をしているナオさんは、田舎の両親の家にいた。
ポツンと座る柴犬
その日は日曜日で、昼食のあと、父親と近くのショッピングモールに出かけた。必要な買い物をすませ、なんの気なしにペット用品を扱う店に立ち寄った。
店にはペットショップも併設されていた。両手に乗るサイズの丸々とした子犬や子猫たちが昼寝をしたり転げまわるショーケース前は、親子連れでにぎわっていた。
その喧騒から少し離れた場所に丸く囲まれた柵があり、中に1匹の柴犬がポツンと座っていた。オレンジ色の服を着せられているがアメリカの囚人服のようで、かわいそうなほど似合わない。
この犬も商品だった。雄で月齢3カ月と記載されていたが、齢の割にからだが大きい。耳はとがり、鼻は長く、ナオさんは新幹線の新型車両を連想した。
ほかの柴犬の子犬たちが耳も鼻も、顔全体が丸っこく愛らしいのに比べるとやや異質で、明らかに「良い柴犬の基準」からは外れていた。
値札には「4万円」とあった。大幅に値引きし、服を着せ、なんとか可愛く見せて売ろうとする店の努力が痛々しかった。
黙禱が終わったときに
時刻は、14時46分になった。店内には、東日本大震災の被害で犠牲となった人々への黙禱を促すアナウンスが流れた。
頭を垂れ、目をつむった。それでもナオさんの脳裏からは「オレンジの柴犬」が消えない。
かつては仲間たちと一緒にショーケースの中にいて、飼い主と巡り合う日を待ったこともあったのだろう。
ペットショップで売れ残った子犬の未来が明るくはないことは、ナオさんも知っていた。
この柴犬には子犬らしい無邪気さはない。この先の自分の運命を諦観しているようなたたずまいとうつろな黒い瞳に、こみ上げるものを感じた。
黙禱が終わったとき、父親に告げた。
「この子、連れて帰ってモモちゃんのお婿さんにしたらどうかな」
「モモ」は実家にいる血統書付きの「黒柴」の雌だ。
愛犬家の父親はすぐに賛成してくれた。
押し問答の末に
しかし、家に帰り、胸に抱えて「可愛いでしょ」と子犬を母親に見せると険しい顔をした。
「何をバカなことを言ってるの、うちにはハナもいるのよ。これ以上、飼えるわけがないでしょう」
「ハナ」は、元野良犬の雑種の雌だ。
「返していらっしゃい」
それから押し問答が続いた。そんなの無理、絶対にできないと抗議するナオさんと、断固として受け付けない母親。自分の行動は、まるで小学生のようで大人げないとわかってはいた。動物は衝動買いするものではないことは百も承知だ。
あの「黙禱」に導かれたのだと、ナオさんは思った。
「わかった。じゃあ、私が育てるから」
ナオさんは言い放ち、店で渡された巨大なケーキ箱のようなボックスに再び子犬を入れ、一人暮らしのマンションに戻るべく、駅へと向かった。
冷静になればなるほど
子犬には「幸太」と名付けた。「太く、幸せに生きられるように」との思いを込めた。
電車を乗り継ぎ、自宅の最寄り駅で下車すると、幸太を連れたままペット用品店に立ち寄った。ケージやドッグフード、食器、ペットシーツなど必要なものを買い求め、タクシーで帰宅した。
母親にはたんかを切ったが、実際は不安で胸が爆発しそうだった。
高校時代から犬と暮らしてきたので、世話や扱いの心得はある。だが、それは両親と妹弟という家族がいた中でのことだった。一人暮らしで、1対1で犬と向き合うのは初体験だ。
いずれ、一人暮らしでも飼おうとは考えていた。だが、まだ先のつもりだった。
子犬はデリケートだ。特に環境が変わったときはストレスが重なって体調を崩しやすい。大したことのない症状でも、対応が遅かったり不十分だと重症に陥ることもあるという。仕事で日中留守をしていれば、誤食などの危険もはらむ。
「売れ残りの子犬の命を救った」という高揚が落ち着き、冷静になればなるほど、命を預かることへの責任の重さがのしかかる。
そんなナオさんの思いをよそに、幸太は長旅の疲れが出たのか、その晩はケージの中でぐっすりと眠った。
玄関に迎えに出てくる
翌日は、仕事だった。幸太は、ケージに入れたままにしておくべきなのだろうが、一人で閉じ込めておくのもかわいそうなので部屋に出した。日中の様子を知りたいので、レコーダーをセットして出かけた。もしほえたり、暴れるようなら考えなおさなくてはならない。
帰宅すると、幸太にも、部屋の中の様子にも変わったところはなかった。レコーダーを再生すると、たまに「トトトトト」という小さな足音がするだけで静かだった。この日の夜、幸太はナオさんの足元に丸くなって眠った。夜鳴きもしなかった。
翌日も、その翌日も、幸太の様子は同じだった。
実家の犬たちに比べると、おとなしい性格のようで聞き分けもよく、一度「ダメ」と教えられたことはしない。食事に関してはあまり興味がないようで、遠慮がちに口をつける程度。もっと欲しいというアピールもしない。
控えめなのは生まれつきなのか、それとも「世話になっている」という自身の境遇を理解してのことか。
ナオさんが帰ってくると、幸太は玄関に迎えに出てくる。転がって床に体をこすりつける。
これが喜びの表現だと分かったとき、ナオさんには、飼い主としてやっていける自信が生まれていた。
(次回は1月8日に公開予定です)
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