警戒心が強い野良猫が家猫に 保護した親子は「猫じゃらしとササミ弁当」で距離縮めた

 警戒心が強く、保護された家から逃げだしたり、散歩中の犬に飛びかかったり……。地域で長年見守られていた白黒猫が、ある家族と出会い心を開いていった。猫はやがてその家族の住む家に迎えられて……。猫との距離を縮めた経緯や今の様子を、飼い主となった女性に聞いてみた。

(末尾に写真特集があります)

クリニック前の茂みから出てきた

「クロコは今、仕事部屋のコピー機の上で昼寝中です。お気にいりの場所なんですよ」

 東京都渋谷区に住む40代の自営業、宏美さんがにこやかに話す。

 クロコは今年5月末、家に迎えた推定9歳の白黒(ハチワレ)模様のメス猫だ。近隣で地域猫として暮らしてきたクロコが宏美さんと会ったのは、4月半ばのことだった。

野良猫
運命的な出会い。茂みから出てきたクロコ(宏美さん提供)

「4月に、息子(10歳)の薬を私がひとりで耳鼻科に取りにいったんです。そうしたらクリニック前の茂みから猫が出てきて、ぐいーんと伸びをしたので、“あら可愛い、触らせて”なんて思わず声をかけました」

 宏美さんは8年前まで柴犬を飼っていたが、猫を飼ったことはない。ただ、姉の家で複数の保護猫が飼われているので、息子を連れて遊びにいくたびに触れあっていた。姉宅にいる猫の中でも特に可愛がっているのが、「クロコ」という名の可愛い白黒ハチワレ猫。

「姉の家の猫と柄がよく似ていたので、息子に『クロコにそっくりな子がいたよ』」とメールしました。息子は動物好きなので『見に行きたい』といって、その後、主人と猫がいたクリニックまで出かけたのですが、茂みから出てこなかったみたいで、残念そうに帰ってきました」

ササミ弁当を届けはじめて

 そこからスイッチオン。親子は猫が気になり、姉宅の猫と同じ名を付けクロコと呼びはじめた。「野良ちゃんだし、おなかすいてるよね……」そう思って、翌日ささみを茹でてタッパーにいれて、お弁当のようにしてクロコに持っていってみた。でもクロコはつれなかった。

「手から食べないので、茹でササミを手でほぐしてタッパーに入れ、少し離れたところから見ていると、むしゃむしゃ食べる。食べおえると、はい用事はすんだ、という感じでぷいっと茂みの奥に戻りました」

野良猫
5月初め、猫じゃらしで思いきり遊ぶ息子との距離が縮まった(宏美さん提供)

 もう少し近づきたい。朝は宏美さんと息子、夫の3人で、夜は宏美さんと息子の2人で、毎日、通うようになった。すると、地域の人とクロコの付き合い方や、クロコのキャラや生活が見えてきた。

「私がササミをあげていたら、前の家からお年寄りが出てきて『猫が塀から家に入ってくる』『周囲の6割方は困ってるよ』と言われたので、『ひきとるつもりで餌付けをしているので、もう少し待ってください』とお願いしました」

 迷惑と思われる一方で、クロコに癒やされている人もいた。

 ある日、若い男性がクロコの脇の地面に何をするわけでもなくぺたんと座っていたので、宏美さんが「仲よしですね」と話しかけると、「僕が履いているある店のブラックデニムには、“またたび”が練り込まれているという噂があって、それで懐いているのかな」とにこにこ言ったそうだ、

「それを聞いて、息子が(猫と仲良くなれるなら)同じデニムが欲しいと目を輝かせました(笑)」

猫じゃらしが息子との距離を縮めた

 ササミ弁当を届けはじめて3週間くらい経ったある日、息子が「ねこじゃらしとかで遊んでみようかな、好きなんじゃないかな」と言い出した。

 そこで、猫じゃらしを買ってわたすと、息子はクロコが隠れている茂みにさしいれて懸命に動かした。クロコは初め無反応だったが、根気よく2週間近く続けると、変化が起きた。

「ある時クロコのところにいくと、茂みの外に出ていて、『今日も猫じゃらしを持っているなら遊んであげてもいいよ』みたいな感じで、ぽつんと待っていたんです。それで息子がじゃらしを振ると、夢中で遊び始めて。それが大きなきっかけになり、翌日から、ササミを食べた後にすぐ茂みに戻らず、飛び上がったり走り回ったり、大はしゃぎをするようになりました」

白黒猫
5月末、家にきてしばらくコピー機の裏に隠れて出てこなかった(宏美さん提供)

 クロコは食べることより遊ぶことがよほど楽しみなのか、息子の乗るキックボードの音が聞こえると、茂みから出てテリトリーぎりぎりのラインまでお迎えにくるようになった。そして、キックボードや、宏美さんの自転車に丹念に匂い付けした。

「クロコはササミ弁当をいれていくトートバッグをのぞくこともあったし、今になって思えば、『この人の家にいこうかな』と準備をしていたのかも。息子のクロコへの思いもどんどん深まって、どしゃぶりが続いた後に『あいつ大丈夫かな?』と心配で見に行くことも。雨上がりにクロコの元に出かけるとびしょぬれになって出てきてくれて、タオルで拭いてあげたこともありました。少しずつ、信頼関係を結んでいったのかもしれないですね」

保護したことをインスタで知らせると

 猫と家族、“お互い”の気持ちが合ったところで、いよいよ家に迎えようか、ということになった。でも野良猫を捕まえるのは初めて。とにかくトイレを家に用意して、キャリーバッグを買って、5月29日にピックアップした。

「私たちが保護する3日くらい前に、ボランティアの男性がクロコを捕まえようとしたらしいのですが、すごい勢いで引っかいたらしく、『この子にやられたので気をつけて』と傷のある腕を見せてくれました。だから私も覚悟はしていました」

 ところが、捕獲は思いのほかスムーズにいった。

「キャリーバッグを地面に置いて、クロコを抱くと小さな声で『ニャア」と鳴きました。そのまま、ほいっとバッグに入ったので、家に連れていきました』

白黒猫
家に来て3カ月過ぎると表情も穏やかに(宏美さん提供)

 保護まで要したのは2カ月。しかしその期間の短さや、スムーズに家に連れていけたことに、後から驚く人もいたようだ。宏美さんは、クロコを可愛がっていた人が(急にいなくなって)心配しないように、クロコの写真とともに保護したことを貼り紙で知らせ、そこにインスタのQRコードも載せた。すると、さまざまな反響があったという。

「いろいろな方が情報やご意見をくださったのですが、“餌付けをして捕まえようとしたが難しくてできなかった”というコメントが多くありました」

 ある人は、「クロコはもともとクリニック裏のビルに8年くらい居着いていたが、そのビルが取り壊しになり、耳鼻科の茂みに住処を移した」という情報をインスタのメッセージにくれた。

 犬を見ると襲っていた、という情報もあった。

「クロコの写真を見て、“おたく、うちの飼い犬のライバルですやん”という人がいたり、3度も引っかかれ、かみつかれて入院したわんちゃんや、クロコがすみかにしていたお隣のマンションの大型狩猟犬ののど元に”食らいついて離さなかった”のを目撃した人もいたようで……」

 クロコは数々の武勇伝を残していたことがあらためてわかった。宏美さんはしみじみという。

「強い気持ちでいないと、(8年以上も)野良でいられなかったんじゃないかな。いろいろありながらも、見守って下さった近所の方々に感謝しかないですね」

息子の笑い声に夜鳴きがぴたり

 さて、無事に室内にやってきたクロコだが、一筋縄ではいかなかったようだ。

「すぐにコピー機の裏に隠れて、翌日には洋服と資料におしっこをかけました。トイレは教えるとすぐに覚えたのですが、人がいると出てこないし、夜鳴きもすごくするようになって……外で餌やりをしていた時は鳴かなかったのに、家にきた次の晩から“ニャアアア~”と絶叫」

 だがなかなか慣れず、夜鳴きが治まらない。宏美さんは側に布団を敷いて寝るようにした。

「夜中になるとクロコが、家に連れてきた時のキャリーバッグに入って激しく爪研ぎをして、バッグがぐらぐら揺れた。外から見ると“元の場所に帰りたくて苦しそう”に思えてつらかったです。獣医さんには、『猫は場所に居着くものだからね、お気に入りの寝床が元の場所にあったのかな。(外の猫を中にいれるのは)簡単ではない』といわれ、連れてきたことを少し後悔しました」

くつろぐ猫
「わがままボディ?パンダではないですよ」(宏美さん提供)

 それでも、様子を見ながらクロコがいる部屋を居心地よく工夫していった。毛布を敷き、猫のフェロモン剤を吹きかけ、猫用ボックスも買って……。

 6日目くらいに、息子が「今日は俺もクロコと同じ部屋で寝るかな」と側に布団を敷いた。クロコはいつものように深夜にニャアアア~と大声で鳴いたが、眠っていたはずの息子がその時、驚いたり怒ったりせず、「わっ、鳴いた!わははは~」と大声で笑いだした。

 すると不思議なことに、それ以降、ぴたっと夜鳴きが止まったのだという。

「笑われて悔しかったのか、夜中に鳴くのっておかしいことかと思ったのか。本当にそれからというもの静かになり、そして、家にもなじんでいったんです。明け方近くに窓の外をぼんやりみることがあるけど、クロコなりに自分の居場所を作っていってくれたようです」

縁があったクロコのことを発信したい

 家に来て1カ月くらいは、脇を通っただけでシャーと威嚇してきたクロコだが、今ではむこうからくっついてくる。

「猫はふつう子どもを好きでないというけど、クロコは息子を好きですね。最近はリビングで過ごす時間も長く、自分からシッポをたてて、息子に“遊ぼうよ”、とか、“チュールちょうだい”というふうに誘っていたり、ここ1、2週間は家族が就寝する22時以降や明け方に、寝室のパトロールを入念に行います。涼しくなったし、布団に入り込む余地を探っているのではないかな(笑)」

 最後に、宏美さんが、“縁”について話してくれた。以前飼った犬も、保護動物だった。

「20代の頃でしたが、通勤途中、ある業者の寮の脇で本気(マジ)ハウスと書かれた小屋に繫がれたままの柴犬がいました。人に懐かない柴犬で不器用な性格のため生きていけないんじゃないかと、餌をあげてしまい、そこから縁が生まれました。クロコ同様、近所の方が可愛がっていたのですが、餌をあげていた方が次々離れ、世話係が私だけに……」

 激しい集中豪雨が起きたある日のこと。宏美さんが会社を抜け出して見にいくと、首まで水に浸かった犬を発見し、たまらなくなり(業者に話し)正式に譲ってもらったという。

 柴犬マジとはその後、11年も過ごした。推定17歳で看取った後、宏美さんは夫と、「動物をまた飼いたいね」と話した。

「でも、縁って作るものでなく、自然に生まれるのかもという気がして、マジが亡くなった後、あえて自分たちでペットショップに行ったりはせず、姉の家の猫や友達の家の犬を可愛がったりしていたんです。息子の受験やコロナで家族も落ち着かない時でした。そんな中で出会い、放っておけなかったのが今回のクロコです」

「この『ご縁』というのは、クロコに家が必要だっただけではなく、私たち家族にとっても今、クロコという存在が必要だったということ。だから、近所にいる野良猫が気になるとか、譲渡会で出会った”あの子”が気にかかるということがあれば、『これが縁なのかも』『お互い必要なのかも』という感覚を大切にしてもらえたらと思います」

 周囲に気にかけてもらいながらも、誰の家にもいかなかったクロコが、家猫へと順応していく。その姿に、宏美さんは「やはり縁があったのかな」と感じるそう。

白黒猫
最近はこんな感じでくつろいでいます (宏美さん提供)

「迷ったこともあるけど、家猫バンザイって感じで警戒心を脱ぎ去った姿を見ると、うちに来てもらってよかったのかなと思うんです」

 クロコのことは、これからもインスタにあげたいという。

「実際にリアルなクロコを見ていた方や癒やされていた方が、今はインスタを楽しみにしてくださり、“絆のツール”にもなっている。だからできるだけ様子を伝えたいんです」

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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