わが家に戻ってきた猫「ミー」 なでているとおなかにしこりが…翌日病院へ

 一度は新しい飼い主の家へ引き取られた保護猫「ミー」だが、縁がめぐり、一恵さんのもとへ戻ってきた。1Kのアパートで初めての猫との生活に振り回されながらも、ミーのために広い部屋に引っ越そうと思いはじめた矢先のことだった。

(末尾に写真特集があります)

おなかに手を当てると

 活発で少しわがままで、子猫のように無邪気なミーは、相変わらず好きなときになでさせてはくれなかったが、熟睡しているときは別だった。その夜、ミーは仰向けになって寝ていた。一恵さんが、そっとおなかに手を当てると、「コリッ」という嫌な感触を覚えた。

 後ろ脚に近い、乳首の横だった。しこりのようなものがある。

 翌日、ミーの不妊手術をしてくれたA動物病院にミーを連れて行った。

 ミーの体調に気になることがあったときや、生活上の悩みなどを、一恵さんはときどき病院に相談していた。心配性の一恵さんを、ときにはあきれたように、ときには冗談を言いながらも、先生はいつも安心させてくれた。 

 だがこの日は、少し様子が違った。

「ちょっと気になる場所にあるしこりだね、乳腺が炎症を起こしているかもしれない。抗生剤の注射を打つから様子を見て、小さくならないようならまた連れて来てください」

棚から降りようとする猫
「日だまりの中でのお散歩は幸せよ」(小林写函撮影)

 しばらくたってもしこりは小さくはならず、むしろ少し大きくなっていくような気がした。

 インターネットで「猫」「乳房」「しこり」で調べると「乳腺腫瘍」という単語がヒットし、「猫の乳腺腫瘍の80%以上が悪性の乳腺癌」と書かれているサイトがいくつもみつかる。ネットの情報をうのみにするべきではないとわかっているが、調べれば調べるほど、不安だけが増幅する。

飼い主として向き合わなければ

 再び病院へ行き、先生に不安を打ち明けた。先生は、仮にしこりが腫瘍だとしても、良性か悪性かは手術で切除し、病理検査に出さないと確定できないと言う。

「僕は、手術で切除したほうがいいと思います」

 先生の言葉に、一恵さんは、すぐに首を縦にふることはできなかった。つい数カ月前、不妊手術をしたばかりだ。再び手術台にミーをのせ、怖い思いをさせることを考えると、自分のからだにメスが入る以上のつらさを感じる。

 先生は、獣医師として病理検査はしたい、と続けた。それによって今後の治療が変わってくるからだ。

「小さくならないなら切除したほうがいい。このまま様子を見ることもできるけれど、しこりがあると、一恵さんは毎日気になって悩むでしょう?」

 この言葉が、一恵さんの背中を押した。自分の性格を、先生はわかっている。もし病気なら、ミーの飼い主として向き合わなければならない、と腹を決めた。

毛づくろいする猫
「お化粧の基本はまず洗顔」(小林写函撮影)

 難しい手術ではないから、術後1泊入院し、何事もなければ翌日退院できるという。

 先生の腕は信頼している。それでも心配は心配だ。

「私もミーに付き添って、病院に泊まりたいぐらいです」

 思わず口にすると、先生は「うーん、空いているケージがあったかなあ」とつぶやいた。

 冗談だか本気だかわかりにくい口調に、一瞬とまどった一恵さんだが、思わず頰がゆるんだ。

そばにいてくれるだけで

 手術が行われた翌日、無事終わったという知らせを受け、ミーを引き取りに病院に向かった。

 ミーのからだから取り出した2つの腫瘍は、桃の種のような形をしていた。先生は、「切除したときの感触から、良性の可能性が高い」と言った。

 今回、ミーは麻酔をさせまいと抵抗したり、術後も先生を「シャー」と威嚇したそうだ。

 先生にはすっかり懐いていたようだったのに「もういい加減にして」という意思表示だったのかもしれない。

 家に連れて帰るとミーは元気で、食欲もあり、お気に入りの一恵さんのベッドの隅で何事もなかったように眠った。

 病理検査の結果がわかるのは1週間後だ。たとえ病気だろうと、ミーがそばにいてくれさえしたら、それでいい。ミーの背中をなでながら、一恵さんは思った。

日当たりのよい部屋で

 ミーと出会ってから、1年が過ぎた。

 ミーは今、郊外に住む一恵さんの両親の元で暮らしている。

 ミーのしこりは、先生が推測したとおり良性だった。腫瘍ではなく過形成と呼ばれるもので、ホルモンバランスの乱れによる、乳腺の細胞が増殖した組織だった。

 それがわかった頃、一恵さんの母親から「ミーをうちに連れてきたら」と提案された。

 妹の恵美さんとミーのために日当たりのよい広い部屋に引っ越そうと計画した一恵さんだが、しこり騒ぎで頓挫していた。考えてみれば、広い部屋に移ったとしても、昼間は仕事で2人とも家を空ける。ミーに毎日長時間、留守番させることには変わりがない。

こちらを見る猫
「ここが私のトレーニングルームなの」(小林写函撮影)

 猫はひとりでの留守番が苦にならない動物だと言われる。だが「お姫様気質」のミーの性格を考えると、仕事を引退し、精神的にも物理的にも余裕のある両親のもとに引き取られるのは、自然な成り行きである気がした。

 ミーがのびのびと過ごせるようにと両親が模様替えをした日あたりのよいリビングで、昼寝をしたり、毛づくろいをしたり、走り回るミー。その姿を見るたび、引き渡した直後に感じた寂しさは薄れ、これでよかったのだと思える。

そしていつかは

 一恵さんは今、縁あって知り合った保護団体から子猫の兄弟を預かり、世話をしている。

 外で暮らしていた母猫から生まれた推定年齢2カ月の雄猫2匹の世話は、ミーよりずっと手がかかる。それがわかっていながら引き受けたのは、ミーに産ませてやることができなかった子猫の生まれ変わりという気がしたからだ。自己満足かもしれないが、これがミーへの罪滅ぼしだと思っている。

 子猫たちを無事に譲渡したら、また別の子猫を預かるつもりだ。そしていつかは、自分でも保護猫を引き取りたいと考えている。身体的なハンディを持つ子猫や、持病のある成猫など、家族を見つけるチャンスが少ない猫を迎えたい。

 そのときは、A動物病院があるこの街で、新しい部屋を探そうと一恵さんは決めている。

【前の回】 保護した猫「ミー」を譲渡 恋しいけど忘れようとした矢先、わが家に戻ってくることに
【次の回】 動物看護師の細やかな心配り 飼い主の心をなごませ、犬や猫の不安をやわらげる

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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