保護した野良猫、飼い主が決まるまで世話すると決めた すると猫に妊娠の可能性が…

「家に入れて」と懇願するようにアパートの外で鳴く野良猫を保護して「ミー」と名付け、新しい飼い主を探すことにした一恵さん。しかし数日後、ミーの様子が落ち着かなくなり、譲渡の相談をしていたNPO団体のスタッフに電話をした。すると「妊娠の可能性がある」と言われた。

(末尾に写真特集があります)

自信がなかった

「あなたが飼うことはできないの?」

 NPOのスタッフに問われ、一恵さんは沈黙した。1DKのアパートで一人暮らし、日中は仕事で家を空ける。猫を飼った経験はない。

 子猫は何匹生まれるかわからない。ミーと小さな命を預かり、一人で世話をし、全員を無事、新しい飼い主の元へと旅立たせるまで「仮の親」としての責務を果たせるのか。正直、自信はなかった。

「無理です……」 

 逡巡した末、やっとの思いで声を絞り出した。

つぶれそうな思いで

「とにかく、すぐに動物病院に連れて行かないと!」

 そうNPOのスタッフに背中を押され、気がついた。まずは妊娠しているのかどうかを確かめなければいけない。そして、本当に、妊娠していたら。

 つぶれそうな思いを抱え、一恵さんはインターネットで近隣の動物病院を検索した。

キジトラ猫
「これはチーズかまぼこのにおい!」(小林写函撮影)

 ミーを保護したときに診てもらった病院に、再びミーを連れて行くつもりはなかった。

 家からもっとも近いという理由で選んだ病院だったが、相性が合わないと感じたからだ。どこか事務的な印象で、マイクロチップの有無の確認や、ワクチン接種とノミダニ駆除剤の投与はしてくれたが、野良猫は歓迎していない雰囲気だった。

 雌猫の場合には妊娠の可能性があることや、避妊手術の必要性も聞かされなかった。待合室でミーは始終鳴きっぱなしで、飼い犬・飼い猫として病院に慣れた様子のほかの動物たちに比べ、怯えているのが憐れだった。

悩んでも正解はでない

 口コミで評判のよいA動物病院をみつけ、電話をかけた。用件を話すと、男性の院長先生につないでくれた。

 猫を保護したこと、妊娠しているかもしれないこと、産ませるのは難しいこと、それでも、母猫が安住の地をみつけるまで見届ける覚悟はあることを話した。話しているうちに涙があふれ出し、堕胎、という言葉を口にしたところで嗚咽が止まらなくなった。

 先生は言った。

「今日、すぐにでも猫ちゃんを連れて来られますか。この問題は、悩んでも正解は出ませんから。一緒に考えましょう」

 何かが解決したわけではない。でも、のしかかっていた重石が軽くなるのを感じた。

こちらののぞくキジトラ猫
「お兄さんちょっと寄ってかない?」(小林写函撮影)

 その日の午後は会社を休み、ミーをA動物病院に連れて行った。今回は洗濯ネットに入れてからキャリーバッグに入れたせいもあってか、待合室でもおとなしかった。

 診察室に入り、先生に状況を説明する。笑うと下がる目尻が印象的な先生は、うなずきながら話を聞き、口を開いた。

「手術しましょう」

 おだやかな口調だった。触診で、子どもがいるかどうかはわかったかもしれない。でも、そのことには触れなかった。超音波やレントゲン検査をしようとも言わなかった。

「堕胎ではなく、避妊手術です。避妊のために連れてこられた保護猫が、開腹したら妊娠していた、という例は珍しくはありませんよ。子どもについて考えるのはやめましょう」

この先生になら

 このままミーを預ければ、翌日には手術ができるという。先生は、手術の手順についてタブレットを使いながら詳しく図解し、術後のケアや食事のこと、抜糸についても説明してくれた。

「手術が問題なく終われば、明日にはミーちゃんを引き取って構いません。でも術後のケアが不安だったら何日か入院させることもできますよ」

「心配しなくても大丈夫だよ」と話しかけながらミーをなでる先生の腕には、いくつも引っかき傷があった。

 この先生にならミーを託すことができる。一恵さんは決心した。

机の下の猫
「かまぼこにワサビはいらないんだな」(小林写函撮影)

 翌日の午前中、「手術は無事おわり、麻酔から覚めました」という先生からの連絡を受けて、仕事のあと病院に向かった。

 ケージの中のミーは、一恵さんを見ると目を細めて「ニャー」と元気に鳴いた。左耳に、小さくV字の切り込みが入っている。ほっとしたと同時に、ミーに会えたうれしさがこみ上げた。

「ミーちゃん、とっても頑張りましたよ、僕たちにもおなかを見せて親愛の情を示してくれて、本当にかわいいこだね」

先生はミーをなでた。

一筋の光がさした

 そのまま3日間、術後の傷が落ち着くまで、ミーは病院で預かってもらうことにした。妊娠の有無について、先生は何も言わない。 

 意を決して、一恵さんはたずねた。

「あの……、おなかに子どもはいましたか?」

 少しの間があり、先生は答えた。

「うん、いたね」

 その日の晩、一人アパートで涙にくれながら過ごしていた一恵さんに、友人から連絡が入った。メールで送ったミーの写真を見た知り合いが、2匹目の猫として引き取りたいと希望している、というのだ。

 自分のしたことが、正しかったのかどうかはわからない。だが、ミーの未来には、一筋の光がさしたような気がした。

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(次回は8月7日に公開予定です)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。

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