庭に現れた猫 飼ってあげたいけれど、20年先まで面倒みられる?ある夫婦の決断
一時の憐憫の情だけで、ひとつの命を家族に迎えることはできない。その命に対して、最期まで責任をもたなければならないからだ。猫も長生きする子が増えてきており、20歳まで生きることもめずらしくない。つまり子猫を家族に迎える場合は、20年先のことまで考えなくてはならないことになる。
「飼ってあげることはできない」
「家の庭に現れた猫のことで、ご相談したいのですが」
お店の店番をしていたときのこと、一組のご夫婦に話しかけられた。
「どうしましたか?」
「それが、最近、1匹の猫が家の庭に現れるようになったのです。おなかをすかせていたのでご飯をあげたのですが、私たちがその猫を飼ってあげることはできないので」
静かに丁寧に話すご夫婦だった。
話を聞いてみると、家の庭に見知らぬ猫が突然現れた。子猫ではないが、まだ若そうな猫。人になれているので、野良猫ではなく捨て猫ではないかとのことだった。
「お家で飼ってあげることは、できないですか?」ご夫婦に質問した。
「私たちは猫が大好きで飼ってあげたいんです。でも、私たちの年齢を考えると、最期までちゃんと面倒をみてあげられるか自信がないんです。だからこちらで保護していただけないかと思いまして」
できることはやってみる
お元気でしっかりとしたご夫婦だったが、ご自身たちが話すように、20年先のことまで考えると、躊躇してしまう気持ちは痛いほどわかった。
「ご事情はわかりました。保護してあげたいのですが、いま場所が空いてないのです」
保護してすぐに、保護猫カフェのお店に猫を入れることはできない。ノミやダニといった外部寄生虫の駆除はもちろん、おなかの中の内部寄生虫の駆除、感染症の検査や不妊・去勢手術、それにワクチン接種など、最低でも2週間以上は別の場所で他の保護猫たちとは隔離しなくてはならない。そのときもキャパシティーいっぱい保護していたため、隔離する場所が空いていなかった。
「まず、ご自身の家でいったん保護していただくことはできませんか?その間に必要な医療を施していただく。協力病院をご紹介します。そして、時期がきたら、こちらでお預かりして、新しい飼い主さんを探します」
「わかりました。私たちでできることはやります」
「何もできません」という丸投げの相談が多い中、保護活動者として、とてもうれしい答えが返ってきた。
おとなしい優しい猫
それからしばらくして、その猫を保護猫カフェねこかつでお預かりすることとなった。南ちゃんと名付けたその猫は、とてもおとなしい優しい猫だった。
すぐに新しい飼い主さんが決まるのではないかと思っていたのだが、なかなか決まらなかった。
「また、南ちゃんに会いにきちゃった」
新しい飼い主さんが決まらない間、ご夫婦は何度も何度も南ちゃんに会いに、ねこかつに通ってきてくれた。相談を受けて野良猫や捨て猫を保護したあと、ほとんどの場合、相談者さんはそれっきりでやって来ない。何度も何度も南ちゃんに会いに来てくれる。それも保護活動者として、うれしいことだった。
数カ月後、南ちゃんを家族に迎えたいという人が現れた。そのことを、ご夫婦に報告すると、涙を流して喜んでくれた。
しばらく経った後に
南ちゃんを新しい飼い主さんのもとへ届けてしばらく経った後、飼い主さんに約束違反があることが分かった。時間をかけて何度もお話しさせていただいたが、信頼関係を再構築するには至らなかった。たくさんの猫たちを譲渡してきて、あまりないことだったが、南ちゃんをお返しいただくことにした。
南ちゃんに不必要なストレスを与えてしまったことを悔やんだのももちろんだが、新しいお家が決まってあんなに喜んでくれたご夫婦に申し訳ない、と思った。
「謝らなければいけないことがあるんです。あんなに喜んでもらったのに南ちゃんが戻ってきました。今度は絶対に幸せにします。本当にごめんなさい」
ご夫婦に電話をかけ、南ちゃんが戻ってきた経緯を説明した。
「南ちゃんは、ご夫婦のもとへ行くのが一番幸せなんじゃないか。でも、ご夫婦の年齢を考えて、こちらで保護したことを考えると……」
電話のあと、頭の中からそんな考えがずっと離れなかった。
それが南ちゃんにとって一番幸せ
ねこかつへ戻ってきてしまった南ちゃんに会いに、ご夫婦が現れた。
「梅田さん。あのね、電話のあと、ふたりでずっと話し合ったんだけど、南ちゃんを私たちが迎えることはできないかしら」
静かにゆっくりと、ご夫婦が話した。
「それが一番、南ちゃんにとって幸せだと思います」
ご夫婦の言葉を聞いたとき、頭の中にあったもやもやがすっと消えた気がした。
「おふたりは元気だし、これからもしも困ったことがあったら、なんでも相談してください」
南ちゃんをお届けする日
南ちゃんをご夫婦の家にお届けする日がやってきた。捨てられて迷い込んで助けてもらった家へのお届けだった。
家の中に入ると、とてもきれいなお家の中に、猫の置物がたくさん置いてあった。ひとめで猫好きとわかる家だった。
「また南ちゃんと暮らせるなんて、夢みたいだわ」
ご夫婦が涙を浮かべて喜んでいる横で、南ちゃんはキョトンとしていた。
あれから数年が経ち、だいぶ丸くなった幸せな南ちゃんの写真を送ってもらった。
犬や猫といった命あるものを家族に迎える。最期を迎えるその時まで責任をもって面倒をみなくてはならない。飼い主側の高齢化による飼育放棄も問題となっている。
たくさんの猫を保護し譲渡してきたが、簡単には割り切れず、その都度その都度、悩みながらの譲渡活動をしている。
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