少年院の少女が保護犬のトレーニング 絆深め、ともに大きく成長

トレーニングの成果を披露する生徒
トレーニングの成果を披露する生徒

「マチ、おいで!」

 少女が呼ぶと、小柄な雑種犬は喜びいさんで足元に駆け寄った。

「いい子だね〜、マチ!」

 少女の声に感情がこもる。

 4月下旬から約3カ月半、少女は動物愛護センターに保護されていたマチに基本的なしつけ訓練をしてきた。その犬を今日、新しい家族のもとに送り出すのだ。

犬も、生徒も、地域も笑顔に

 8月8日。沖縄女子学園(沖縄県糸満市にある女子少年院)で、3-Re Smile (スリースマイル)プロジェクトと呼ばれる犬のトレーニングプログラムの初めての閉講式がおこなわれた。

 3-Re Smileとは、Reduce (犬の殺処分を減らす)、Rehabilitate(非行をした少年の社会復帰)、 Return(地域への恩返し)の3つのRと、犬、生徒、地域の三者が笑顔になるようにという意味をかけ合わせたもの。収容期限が切れた成犬の譲渡を促進し、殺処分を減らそうと沖縄県が始めた「成犬譲渡促進事業」に少年院が協力する形で始まった。

 参加したのは生徒1名(17歳)と犬のマチ(推定2歳)。家庭犬のしつけインストラクター宮城直子さんの指導のもと、週2回、1回50分の授業のなかで、「おすわり」や「伏せ」などの基本的なトレーニングの仕方を学んだ。

最初はおそるおそる、やがて母親のように

 宮城さんによると、犬を飼った経験がなく、最初はこわれものを扱うようにおそるおそるマチに接していた少女が、やがて明確に指示を出せるようになった。

 劇的に成長したのは、「ショートステイ」と呼ぶ二泊三日のお泊まりをしてから。学園内の空いている寮を一般家庭に見立て、生徒と犬が室内でいっしょに暮らすという試みだ。彼女はマチの排泄のタイミングも察知できるようになり、まるで母親のようにかいがいしく世話するようになったという。

マチを抱っこする少女(写真提供・沖縄女子学園)
マチを抱っこする少女(写真提供・沖縄女子学園)

「これはまさにペアレンティング・レッスンだと思いました」と、プロジェクトを担当する法務教官の嘉陽田亜耶美さんは言う。

 マチのほうは、室内の決められた場所で排泄することを覚え、生徒が授業に行っている間は一人で静かにお留守番ができるようになった。ショートステイは3回実施され、そのたびに犬と少女の絆は深まり、ともに大きく成長することができたようだ。

命のバトンを新しい飼い主へ

 亀田公子園長のあいさつのあと、生徒がマチを連れて入場。見知らぬ人たちが居並ぶなかでも、マチはまったくほえない。ほえ癖がひどく、譲渡先が決まらないまま約1年も動物愛護センターにいたとはとても思えない。マチの驚くほどの成長ぶりに、センターの職員さんたちも目を見張る。

 これまで学んできたしつけの成果を披露したあとは、いよいよマチを送り出すときが来た。マチの新しい家族になるのは二人暮らしの穏やかなご夫婦だ。事前に少年院を訪れて生徒との共同訓練を経験し、険しい雰囲気だろうと思っていた少年院のイメージががらりと変わったという。

 別れの言葉を読み上げたあと、少女はマチのリードを新しい飼い主に渡した。深く一礼し、トレーナーの宮城さんのほうに向き直ったとたん、彼女は宮城さんにしがみつき、声を上げて泣いた。

新しい家族にマチのリードを渡す生徒
新しい家族にマチのリードを渡す生徒

「素直に、まっすぐ、輝いている人に」

 今日、少女はどんな思いでマチを送り出したのだろう。

「最初は、ワンちゃんのトレーニングなんて私にできるのかなーって不安でした。なかなかマチが言うこときいてくれなくて、どうしたら伝わるんだろうって悩みました」

 少女はマチとの日々を振り返る。

 でも、1カ月半ほどして、自分が自信を持って接すれば伝わるとわかってきた。そして、泊まりをしたことで、マチとの絆が一気に深まった。

「前は、尻尾は振ってくれるけど、飛びついてはこなかった。それが、私に向かって走ってくるようになった。男の先生にほえたりしていたのもなくなった。私が絶対安全な人で、絶対私に守ってもらえるってわかったから。うれしかったです」とほほえむ。

 以前は人に見下されたくない、力で解決したいと思っていた。でも、犬に対してはそういうわけにいかない。やさしい気持ちで接するしかない。泊まりのときは「マチのお母さんになりきってました」と、柔らかな笑顔を見せた。

「いままで人に認められたことがなくて、何やってもだめなんだと思ってたけど、私でも誰かの役に立てるんだと思えた。自分に自信がつきました」

生徒が新しい飼い主のために手作りした引き継ぎ書
生徒が新しい飼い主のために手作りした引き継ぎ書

 彼女はまもなく出院し、社会に戻る。

 これからどんな風に生きていきたいですか?と尋ねると、彼女はためらいなく答えた。

「素直に、まっすぐ、生きたい。キラキラと輝いてる人になりたい」

 輝くためには何が大事だと思う?と聞くと、彼女は言った。

「やさしさが大事だと思います」

 その瞬間、彼女はまたマチのお母さんの顔に戻った。

◆大塚敦子さんのHPや関連書籍はこちら

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大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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