自分の命と小猿の命、揺れる心 猿曳きの選んだ道とは…

狂言「靭猿」の一場面(万作の会提供)
狂言「靭猿」の一場面(万作の会提供)

 夜、子どもの虐待のニュースを見て、朝、テレビをつけたら、猫の虐待のニュース。うんざりだ。今日は久しぶりの狂言だというのに。万難を排して能楽堂へ向かわねば。万作の会による「靭猿(うつぼざる)」があるのだ。

 大名が、太郎冠者と狩りに行く最中、猿曳(ひ)き(猿回し)が連れた毛並みのいい子猿を見て、靭(矢を携帯する道具)の毛皮を張り替えたいからその猿を寄越せと言い出す。猿曳きは一度は断るものの、大名に矢を向けて脅され、追い込まれていく。

 猿曳きが今年米寿を迎える野村万作、大名が息子萬斎、太郎冠者が萬斎の息子裕基、そして、猿が万作の孫で萬斎のめいにあたる、4歳の三藤なつ葉という、野村ファミリー総出演。靭猿では必ず、小学校低学年くらいまでの子役が猿を演じる。その時、流派にふさわしい年齢の者がいてこその大曲。万作の会では、裕基が8歳で演じて以来、9年ぶり。

 この曲には、二つのサスペンスがある。一つは、もちろん、はたして猿の運命は? もう一つは、重要な子猿役を、3~4歳の子どもがやりきれるのか?

 猿曳きは、自分のことを一点の曇りもなく信じる子猿を前に、はたして、お前はこの命をどうする?と、人としての道を突きつけられる。子猿役は、面をつけたまま、型と動きだけで猿のあどけなさ、無垢(むく)そのものを観客に伝えなければならない。観客もまた、子猿に心を奪われ、猿曳きと一緒に、自分のこととしてそれを抱えるのだ。

 なつ葉ちゃんはやり切った。足をかき、でんぐり返り、近づき、猿曳きを見上げる姿に会場は笑い、涙した。万作の猿曳きからは、自分の命と猿の命を抱え嵐の海のように揺れる心が真に迫って伝わってきた。野村ファミリーの歴史を共有し、至福の一夜となった。

 そして子猿の運命は? 猿曳きはどうしたか? 猿曳きの選んだ道を、皆さんはどう思われるだろう。物語を知っていても、胸打たれ、言葉を失う。今こそ見て欲しい日本の名作。

犬童一心
1960年東京生まれ。映画監督。主な監督作品に「金魚の一生」「二人が喋ってる。」「金髪の草原」「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」「のぼうの城」など

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この連載について
遠い目をした猫
「グーグーだって猫である」などを撮った映画監督で、愛猫家の犬童一心さんがつづる猫にまつわるコラムです。
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