ハチワレ猫を保護したい 反対されても決意は揺るがなかった(5)

「あのハチワレ、保護してうちで飼おうと思うんだ」

 ある日の夕食時、私はツレアイに切り出した。彼もハチワレの存在は知っており、2人でアパートの前を通る際には、一緒に撫でたりしてかわいがっていた。

(末尾に写真特集があります)

「はあ?何を言ってんの、そんなの無理だよ」

 耳を疑った。まさか頭ごなしに否定されるとは思っていなかったからだ。

「え、だって、野良猫は飼ってあげたほうがいいって、前に言ってたじゃない」
「そうだけど、それは飼える環境にある人がすることで、うちでは無理だよ」
「でも、“にゃーにゃ”のときは、飼ってあげればって言ったよね」
「まさか本当に飼うって言い出すとは思わなかったから」

 少し腹が立った。ブティックで新作のバッグを買おうかどうしようか迷っている友人に「買っちゃえば」と言うような、無責任な後押しと同じレベルだ。

 彼が反対する理由はこうだった。

 一軒家ならまだしも、外にいた猫が狭いマンションに閉じ込められるのは不憫だ。外と家とを自由に行き来できないのは多大なストレスに違いない。また、猫は日当たりのよい縁側などを好むが、うちには日中さんさんと日が差し込む南向きの窓がない。

 さらに、高いところが好きな猫は、クローゼットや本棚にのぼって物を落とす危険もある。ソファーで爪を研ぐだろうし、カーテンは破るし、家が荒れる。飼育費や、病気になったときの治療費の問題。また出張や旅行の際はどうするのか。

 そして、猫はいつか死ぬ。彼は子供の頃、飼っていた猫が病気で亡くなったとき、ひどくかわいそうな様子で、それが今も忘れられないそうだ。あのような姿を見るのは二度と嫌だと言う。

 しかし、自分の中に根を張ってしまった「ハチワレを保護する」という決意は、ちょっと反対されたぐらいでは揺らがなかった。

「なでてもらうのは好きなんだけど、そろそろいいかな」(小林写函撮影)
「なでてもらうのは好きなんだけど、そろそろいいかな」(小林写函撮影)

 私は「どうしても飼う」と泣きわめいた。しかし、それだけではあまりにも大人気ない。そこでツレアイを説得するための材料を集めることにした。

 まずは日当たりの問題である。インターネットで検索し、東京都動物愛護相談センターの飼育相談係に電話をかけた。

「家に日中、日が差し込む南向きの窓がないのですが、猫は飼えますか」とたずねると、「太陽光がまったく入らない家に住んでいるのですか?」と怪訝な声。午前中はたっぷり日光が入ることを話すと「でしたら問題はありません。それより、猫が好きな上下移動ができる環境をつくることのほうが大切です」とアドバイスされた。

 次に近所の書店に出向き、初心者用の猫の飼育書を数冊購入。帰りに動物病院に2軒立ち寄り、野良猫を保護して連れてきた場合、感染症の検査や寄生虫の駆除等にいくらかかるか、費用を試算してもらった。どちらの病院でもペットホテル業務を行っており、1泊数千円で預かってもらえることもわかった。

「もう飽きたから、やめてー」(小林写函撮影)
「もう飽きたから、やめてー」(小林写函撮影)

 ツレアイが猫を飼っていたのは、今から30年以上前のこと。都会ではなく田舎だったこともあり、室内飼いは一般的ではなかった。彼にとって猫を飼うとは、猫が自由に外出できる放し飼いを意味した。

 しかし、東京のような都市においては、交通事故や感染症、迷子などの危険を考えても放し飼いがよいとはされていないこと、東京都も「都市での望ましい猫飼育のありかた」の一つとして、完全室内飼いを推奨していることを伝えた。そして飼い主が環境を整えれば、猫は室内だけで暮らせる動物であることを、飼育書を広げて力説した。

 飼育にかかる費用や、実質的な世話はすべて私が負担することも伝えた。

 こうして「ハチワレを飼いたい」と伝えてから5日後、ツレアイは「好きにしていいよ」と言った。

 あとになって「賛成してくれた決め手はなんだったの」と私は聞いた。「これ以上反対したら、こっちが追い出されそうだったから」と彼は答えた。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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