左目だけで飼い主と見つめ合う犬 眼球摘出、腫瘍…激動の11年
東京都文京区にある眼科専門の動物病院には、さまざまな目の病気を抱えた犬や猫が訪れる。6月半ば、待合室に、茶色く大きな体の犬がやってきた。ラブラドール・レトリーバーの「ラブ」(♂・11歳)だ。
(末尾に写真特集があります)
「目の定期検査で、神奈川から車で来ました」
有休をとって通院に付き添う飼い主の隆夫さんと、妻の薫さんは50代。結婚29年目で子どもはなく、ラブが“一人息子”。ラブの顔をよく見ると、右目を閉じたままだ。
「病気で右の眼を摘出したんです。でも不自由なく過ごし、遊ぶのも大好き」
夫妻がラブを迎えたのは11年前、40代前半のお正月だった。ちょうど戌年。犬がいたら“賑やかだろうね”と話しあう中、百貨店で行われていた戌年フェア(ペットフェア)に立ち寄ると、販売コーナーの隅にぽつんと佇むチョコレート色の子犬と出会った。すでに生後5か月近くで、価格3万円。なぜか、体はあまり育っていなかった。
「大きくならないように何か(食事制限など)されていたのか……訴えるようなつぶらな瞳と、珍しいチョコ色の毛に僕らは一目ぼれしました」
「私も主人も犬を飼った経験はあるけれど、大型犬は初めて。縁を感じて、家の子にすることを決めると、『家族が見つかって本当によかったね』と、お店の人が安心したように言ったんです。その時の声が忘れられません。うちに来なければラブはどうなったか……」
夫妻が住むのは、湘南エリアの庭付きの一戸建て。隆夫さんが趣味に使っていた一階6畳間をラブ用の寝室にした。ラブが来て、夫妻の生活は大きく変わった。特に薫さんの運動量がぐっと増えた。薫さんはアレルギー体質なので、掃除を徹底した。
「ラブのバスマット、バスタオル、シーツなどを毎日洗っています。ラブラドールは二重の毛なので、すごく毛が抜ける。寝床は三つのケージを合わせた特性ですが、奥のケージにトイレシーツを置き、手前の二つのケージにマットとタオルを敷いて毎日“ベッドメーク”(笑)。土日は夫が1時間半かけて部屋の掃除をします」
ラブは日中、庭や駐車場で過ごし、散歩には真夏以外は朝夕出かける。薫さんはラブと一緒に遊んだり動いたりすることで体力がついたようだ。
とはいえ、ラブの子ども時代は元気のよさに戸惑うこともあった。小さないたずらは数知れず。犬用電気マットのコードを噛んだり、家の外のガス管を噛んだり、“壊し屋”になった。けれど、外では愛想よく、お行儀もよくて、人も動物も大好き。毎日の散歩で犬の仲間も増え、近所の人に「良い色ねー」「毛並がツヤツヤねー」など声をかけられ、地域になじんでいった。
夫妻の生活は完全にラブ中心になった。その中で唯一、夏のひととき、夫妻がラブと離れる時があった。若い頃から2人は大好きなハワイに行くのが恒例だった。旅行の間、ラブはペットホテルでお留守番だが、ハワイで買うのは、首輪や玩具、栄養補助食品……とラブのものばかりだ。
「ハワイで犬を飼う友人が、地元のペットショップに連れていってくださるんです。米国は大型犬用の首輪が多いし、犬種ごとのサプリも豊富にあるので」
健康には気を付けていたが、ラブは6年前、思わぬ病魔に襲われた。
ある日、薫さんが、ラブの左右の目の色(瞳孔の周りの色)が違うことに気づいた。専門医に受診すると、メラノーマ(黒色腫)と診断され、眼球の摘出手術を薦められた。
「私たちもいろいろな本で調べましたが、転移も多い怖い病気でした。チャームポイントでもあるつぶらな目がなくなるのは本当につらい。でも、命にはかえられませんでした」
2011年に11月、意を決して、目の手術を受けさせた。右の眼球を摘出した後、内部にシリコンを入れて縫う手術だった。だが、シリコンが合わず腫れたため、2週間後に再手術を受けさせた。
「2度目のオペの後は、ウインクしたようなきれいな痕になりました。退院後、しばらくエリザベスカラーつけていましたが、ラブは気にすることもなく遊んでいました。いろいろなところにぶつけるのでカラーはたくさん壊したけれど、前向きな姿にむしろ私たちが、もっと強くならなきゃな、と教わった感じです」
半年ごとに検査をし、無事に1年、2年と過ごした。ところが目のオペから4年後の秋に、今度は前足の先に異変が起きた。
「指の間に湿疹ができたので、動物病院に連れていったら、獣医さんが小さな腫瘍を見つけてくださいました。犬で指にできるものは悪性が多いという見解で、大学病院を紹介されて患部を切除しました」
その後の経過は良く、ラブはフードをよく食べ、前と変わりなく歩き回るようになった。薫さんは言う。
「人と犬は、歳をとるスピードが違いますからね。特に大型犬は早い。気づけばラブは私たちの年齢を越えて、人間でいえば約82歳。口の周りやお腹には白い毛が目立つようになったけれど、元気でいてくれている。ラブを見て、犬と暮らしたくなったと、犬を飼った方もいるくらい、周囲を明るくしてきたんですよ」
ラブの体調が落ち着いてきたため、夫妻は今年の夏、恒例のハワイ旅行に出かけることを決め、早々と航空券を予約した。
だが先月、急にラブが庭で「キュウン、キュウン」と鳴き、動けなくなった。後ろ足を揃え、階段を登れずに立ち尽くしていたのだ。
「裏の家の方まで、『いつもと違う鳴き方、大丈夫?』と心配してくださって。病院で調べたけれど、原因はよくわからず、でも痛みがあるようで、消炎剤を飲ませることになりました。主人と話し合い、今年のハワイは中止すると決めました。旅行はいつでも行けるけれど、ラブには私たちしかいないから」
ところが、旅行をキャンセルした直後、ラブは普通に歩けるようになった。今は何事もなかったかのように走り回っている。
「本当に安心しました。でもキャンセルした直後に回復ってねぇ(笑)」
めくるめくような11年だったと、隆夫さんがラブを撫でながら振り返る。ラブを迎える前年から数年の間に、夫妻は互いの親を次々に亡くしたそうだ。
「妻の母親はラブと会う直前の12月に亡くなり、その後、義父が亡くなり、僕の両親も見送りました。いつもラブの存在で支えられた気がします。いつかラブの介護も始まるだろうし、目や足の病気のたびに“もしも”も考えてきた。でも、その時の覚悟をしながらも、今、この時間を大事にしたいです……」
〈ラブちゃーん、検査時間です〉
夫妻とラブは看護師に呼ばれ、定期検査のために診察室に入っていった。しばらくすると、満面の笑みで戻ってきた。
「眼圧は大丈夫! 目の動きも異常なしでした」「白内障も進んでいませんでした! まだまだ元気」
ラブは喜ぶパパとママの顔を交互に見た。そして、「さあ帰ろう」とばかりに、病院の出口へと向かった。
(藤村かおり)
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